1940-1950 Midnight Special

■1940年 / 昭和15年

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1940年、ニューヨークのラジオ局には、ウディ・ガスリーとピート・シーガー、それから数人のフォークシンガーがいた。
番組の名は、「Back Where I Come From」。
ピート・シーガーは、のちに数々の歌をつくり、ガスリー同様、多くのシンガーに影響を与える。なお、これを書いている2011年7月3日現在も健在で、先日、中川五郎との邂逅があったばかり。
民族音楽の研究家を父に持つシーガーは、一家離散と放浪が出発点であるガスリーとは随分違う出自かもしれないが、その反骨精神は同じだった。
さて、ピート・シーガーのことは次回、詳しく書き記そうと思っている。
番組で歌とお喋りを披露するメンバーの中に、ひとり、黒人のシンガーがいた。大男で、1888年生まれの彼は、ガスリーよりも30歳ほど年長だ。
彼の名は、ハディ・ウィリアム・レッドベター。レッドベリーで通ってた。
フォークシンガーでありブルーズシンガー、ギターとハーモニカのほかにもアコーディオンやピアノも鳴らせる。
レッドベリーのそれまでの人生。音楽だけじゃなかった。歌とともに、いつもいざこざがあった。殺人、殺人未遂、脅迫・・・。そのたびに彼は、音楽と信仰心のために、長期刑がわずか数年になったり、恩赦を受けたりしている。
古いアメリカの歌をたくさん知っているレッドベリーは、ガスリーやシーガーたちにとって、特別な存在だっただろう。
彼の持ち歌では、「Good Night, Irene」は、晩年の高田渡がロシアの詩人の作品「くつが一足あったなら」とくっつけてよく歌っていたし、「Midnight Special」は武蔵野タンポポ団によって演奏された。

Take This Hammer
Leadbelly / Take This Hammer


■1941年 / 昭和16年

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1941年、アルマナック・シンガーズが結成。
ピート・シーガーを中心に、ウディ・ガスリーら、メンバーは流動的で、労働問題や平和を訴える、プロテスト・シンガー集団だ。
だが、実際に左翼運動にのめりこんで歌わなくなっていくメンバーも多かった。
そうした中で、平和への思いは強くそのままに、政治的なメッセージさえそのまま宿し、しかしそれでいてミュージシャンとして、つまり、ひとりの芸人として世間に存在することは、なかなか繊細な生き方のはず。
音楽が政治運動の道具なのか、それともどんな政治だろうと歌は歌うのか。
たとえば、音楽だけでなく、様々なアートや芸能において、面白くてそれでいてメッセージも冴えている、そうしたものは意外と少ない。
ずっとあとの時代、高田渡が、「歌わないのがいちばんいいんだよね」と言った。
もしも、この世界が、この人間が、愛と平和に満ち溢れたものだったら、きっとすべての芸術は存在しないだろう。
立川談志は落語を<業の肯定>と表現した。
人間が神でないしるし、それは芸術。
でも、戦争はごめんだ、差別も迫害も自然破壊も、まっぴら!
だから、結局、歌うのだ。しゃべるのだ。演じるのだ・・・。
しかし、それだけではないのが人間だし音楽で、ウディ・ガスリーもレッドベリーも、楽しい歌も深刻な歌も同じように歌ったと思う。
そうでなければ、歌は歌たり得ないし、歌い手とはそういう生き物である。

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日本では、映画館では戦況を伝えるニュース映画の上映が義務化され、ドレミファソラシドはイロハニホヘトに変わった。
めまぐるしく動き続ける世界大戦。
戦争のことを考えると、ただ悲しく、ただ恐ろしい。つまり、そんなものはあってはならないものだ。
でも、人は歌う。不条理と恐怖と被虐の中でも、いや、その中でこそ、歌うのだ。自由を奪われても、心の中で歌う。
アメリカでは、移民たちの民謡、奴隷たちの霊歌、そうやって魂を振り絞って生まれてきた歌たちが、たとえばブルーズやフォークソングだ。


■1943年 / 昭和18年

アルマナック・シンガーズを離れたウディ・ガスリーは、レコーディングを重ね、家庭を持ち、時事問題を精力的に歌にしていく。
1943年には、自叙伝「Bound for Glory」を書き上げる。
けれど人生の不幸は、彼の心を病ませ、また体さえも病に蝕まれていった・・・。
神は、ガスリーに人生で2度、家族の不幸という試練を与えた。
でもきっと、どんなときも歌があったと信じたい。もちろん、歌えないほど辛いというときも、人間、たくさんあるけれど。
子供の頃に一家離散したガスリー、親になって息子を亡くしたガスリー。ブルーズは、そこにあったはず。
二度も人の命を奪ったレッドベリー、その度に恩赦になったレッドベリー。ブルーズは、そこにあったはず。
ブルーズは、そこにあったはずなんだ。


■1942年 / 昭和19年

東京大空襲。
真珠湾攻撃。
ドイツによるユダヤ人殺害のヴァンゼー会議。
日本によるアジア侵略。
戦争、戦争、戦争。
人が人を殺し、人が人に怯えている、地獄!!!
ここは地獄なのか!?
神が与えたもうたこの世界は、楽園ではなく煉獄なのか?
それでも、小さき人々の心の中には、歌があり、物語があり、絵画があり、笑いがあったはず。
それは、どんな時代でも、どんな状況下でも。
井の頭公園の向かいにある、井の頭文化園ができたのが、この年だそうです。


■1943年 / 昭和20年

東京府と東京市が統合されて、東京都が生まれた。
誕生したのは巨大な都市だが、殺害されたのは罪なき動物たちだった。
上野動物園にて、戦時下に檻の外に逃げ出した場合の人への危害を考え、象をはじめとする動物たちに毒入りの餌をやり、殺処分・・・。


■1944年 / 昭和19年

終戦まであと1年。
激動の中、俳優座が旗揚げされる。
文学座、それから戦後まもなく登場する劇団民藝ほか、かつて新劇の劇団は、左翼思想こもったプロレタリア集団だった。
これを書いている2011年7月は、俳優の山本太郎が反原発運動に力を入れるためプロダクションをやめたことが話題である。
俳優とは、戦中戦後、そうした生き物だった。
それは歌舞伎などへのアンチテーゼとしての新劇だった。
しかし、歌舞伎だって、かつてのかつては、体制への風刺だったはず。
芸能は反体制か、伝統か。
ともかく、すべて人の時代を変えようとする行動には、フォークソングと同じ魂、宿る。

Huddie Ledbetter's Best
Leadbelly / Huddie Ledbetter's Best


■1945年 / 昭和20年

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アドルフ・ヒトラーが死んだ。
広島と長崎に原子爆弾が落ちた。
昭和天皇の玉音放送。「タエガタキヲタエ、シノビガタキヲシノビ・・・」
戦争が終わった。
沖縄に多くの血が流れた。
マッカーサー率いるGHQがやって来た。
朝鮮民主主義共和国ができた。
大日本帝国は日本となった。
進駐軍のキャンプやラジオ放送で、軽快な音楽が響き始めた。
「ジャズだ!」
統治下の日本に一気に押し寄せた、それら映画や音楽などのアメリカ文化は、確かに国策で、かわりに時代劇や演歌などは禁止された。
けれど、新しい音楽は、日本の芸能界の礎になった。
日本国憲法も同じかもしれない。戦争をさせないためにつくられた9条であっても、それでいいと思うのだ。

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■1946年 / 昭和21年

元日、天皇が人間になった。
いや、以前から人間だったのかもしれない。
それはわからない。
とにかく、1946年1月1日から、天皇陛下は神様から人間になった。


■1947年 / 昭和22年

文学座、俳優座につづき、劇団民藝が旗揚げする。


■1948年 / 昭和23年

満州で、男装の麗人、川島芳子が死刑に。
三鷹では、太宰治が玉川上水で死んだ。
死のエネルギーというものがあるかもしれない。
殺される者、自ら死にゆく者、何が何でも生きようとする者。
死のエネルギーは、生のエネルギーだ。
どちらに矢印が向くかの問題だ。
レッドベリーは、生涯で、2つの命を奪った。
そして彼は生きた。
その死と生のあいだに、レッドベリーの歌はあった。
暴力と、愛と、歌の果てに何が見える。

Private Party 1948
Leadbelly / Private Party 1948

Last Sessions
Leadbelly / Last Sessions


■1949年 / 昭和24年

この年、レッドベリーはヨーッロパツアーに出ることになる。
しかし、旅の途中、彼は病に倒れ、天に召された。
レッドベリーは死んだ。
ついに彼自身が死んだ。
旅の途中で天使になったレッドベリー、50数年後の高田渡を思わせる。


■1950年 / 昭和25年

アルマナック・シンガーズは1950年にウィーバーズと名を変え、新たに編成されることになる。衣装はタキシード。彼らは政治的なメッセージをいささか弱くするのと引き換えに、より多くの人々に聴いてもらえるように活動した。
ウィーバーズの曲はヒットチャートを踊った。
レッドベリーの「Good Night, Irene」も、レパートリーのひとつだった。
ルイジアナの教会の墓地で眠るレッドベリー。
歌を愛し、人を殺め、神を信じた大男。
どんな人生を送ったとしても、きらめきがあるはず。
レッドベリーの残した歌たちが、静かにやさしく流れてゆく。

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じゃあ、きょうのエンディングテーマ。
もう少しアメリカの話が続きます。
レッドベリーで「ミッドナイト・スペシャル」。
"Midnight Special", Leadbelly.


 Well you wake up in the morning, hear the ding dong ring,
 You go a-marching to the table, see the same damn thing
 Well, It's on a one table, knife, a fork and a pan,
 And if you say anything about it, you're in trouble with the man
 Let the midnight special, shine her light on me
 Let the midnight special, shine her ever-loving light on me
 If you ever go to Houston, you better walk right, you better not stagger, you better not fight
 Sheriff Benson will arrest you, he'll carry you down
 And if the jury finds you guilty, penitentiary bound
 Yonder come little Rosie, how in the world do you know
 I can tell her by her apron, and the dress she wore
 Umbrella on her shoulder, piece of paper in her hand
 She goes a-marching to the captain, says, "I want my man"
 "I don't believe that Rosie loves me", well tell me why
 She ain't been to see me, since las' July
 She brought me little coffee, she brought me little tea
 Brought me damn near ever'thing but the jailhouse key
 Yonder comes doctor Adams, "How in the world do you know?"
 Well he gave me a tablet, the day befo'
 There ain't no doctor, in all the lan'
 Can cure the fever of a convict man

 "Midnight Special" by Leadbelly

The Definitive

Author


    藍見澪 -Rei Aimi + Folksong Institute-
    「フォークソング」という言葉の意味を再定義し、日本のフォークやロックの歴史を研究、ひいてはすべての歌に繋げる実験・・・のつもり!

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