園長 ペリプラ葉古
その1−スピッツ
あやかし動物園へようこそ!
最初のケージに入っているのはどうやらスピッツのようです。
といっても宇宙の風に乗って空も飛べるはずのバンドではありません。
(そもそも筆者にはスピッツとミスチルの区別すらつかないのです。)
一世を風靡した日本産の飼い犬のことです。
ほら、もう鳴き声が聞こえてきました。
さっそく近づいてのぞいてみることにしましょう。
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キャンキャンキャンキャンキャンキャンキャン。
スピッツという犬はとにかくよく吠えた。
白い毛を逆立たせて、三角耳を突き立てて吠えた。
すごい勢いで吠えられるものだから、怯える子どもも多かった。
かくいうわたしもそのひとり。
幼少期に植えつけられた恐怖はかんたんに払拭できるものではない。
同世代の人間にはわたし同様、犬は吠えるから嫌いという人が多いはずだ。
昭和40年代の初頭、スピッツはそれほど多くの日本人に飼われていた。
そもそもあの時代にはお座敷犬などというふざけたペットはいなかった。
犬といえば「ラッシー」のコリーと「リンチンチン」のシェパードが両雄で、
土佐犬やらグレートデーンやらボクサーやらのこわもての大型犬が
近所の立派なお屋敷の庭を不審な侵入者から守っていた。
「大型犬=お金持ちの象徴」だったのだ。
そこへもってきてスピッツの登場、ときは高度成長期の真っ只中。
日本人の多くが中の上の階級意識を抱き、いつか戸建てのマイホームに住みたい
という夢を見ながら仕事に精を出していたエネルギッシュな時代に、
「スピッツ=マイホームの象徴」として地位を築いたのだ。
だから、郊外の新興住宅地にはやたらめったらスピッツが多かった。
へたに迷い込もうものなら、
こちらからキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャン、
あちらからキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャン。
スピッツは団地族やアパート暮らしの子どもたちを犬嫌いにした。
未舗装の道路や原っぱがどこにでも残っていたし、
散歩の途中で犬の糞を片付けるなんて上品な発想など当時はなかった。
だからいたるところにスピッツの糞が落ちていた。
学校帰りや広場で遊んでいるときなど何度うんちを踏んだことか。
むにゅというあのなんともいえない感触と靴底を裏返したときに立ち昇る匂い。
そして悲しい気持ちになった瞬間にたたみかけるように聞こえてくるあの声。
キャンキャンキャンキャンキャンキャンキャン。
こうしてスピッツはすべての子どもたちの敵となった。
それでもスピッツは吠えた。吠えつづけた。
結局はそれが悪かった。
夢のマイホームにはうるさすぎると徐々に締め出しをくらい、
マルチーズとかポメラニアンとか次々現れる小型犬に愛玩犬の座を奪われた。
いつのまにかスピッツは全日本人を敵に回してしまったのだ。
弱い犬ほどよく吠えるという。
スピッツはきっと不器用な弱い犬だったのだろう。
キャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンは、虚勢の叫びだったのだ。
虚勢のひとつも張ることができない情けないサラリーマンばかりの今の時代にこそ、
スピッツは勇気を与えてくれる貴重な存在なのではないだろうか。
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【スピッツ】
日本の戦後、昭和20〜30年代に最も流行した犬種。満州から大正末期に輸入されたドイツのスピッツとサモエドなどが混血して日本スピッツが作られた。戦後の混乱期に大型の番犬はシェパード、小型犬はスピッツと言うようによく吠えることで人気を二分した。特にスッピツは急速に殖え、全国的な流行犬となった。現在では、熱心な繁殖者たちによって口の重い、吠えないスピッツが作られ、静かなブームをよんでいる。
※スピッツ:1987年結成の4人組のロックグループ。草野マサムネのボーカルが魅力。大ヒット曲多数、特に「ロビンソン」は150万枚のセールスを記録。
2002年8月8日放送開始
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