第3回のテーマは『入魂の一冊』です。
(著者の方々の敬称は略させていただきました/商品の価格は税込価格です)
書店員生活も長くなると、「守ってあげたい」と思わずにおれない愛すべき書籍群との出会いがあります。
独創的すぎる主題であるために既存の分類からはみ出してしまい、書店の各ジャンル担当者間でたらい回しにされてしまう一冊。著述とは無縁の著者が、長年の研究結果を誇らし気にまとめあげた渾身の一冊。著者の本来の活躍分野からポツンと離れたテーマであるために、書棚で行方不明になりがちな「好きでたまらないから書いてしまった一冊」。
そういう「はみだしてしまいがちな一冊」の中から面白い本を発掘するのも、書店員である事の楽しみの一つと言えます。
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●「ペナント・ジャパン」
谷本 研
パルコ出版
4-89194-684-9
税込価格¥1890 |
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正しい観光地ミヤゲの王様、それは「ペナント」!
この細長い本の形をご覧いただければ、もうお分かりの事でしょう。この本の中には、日本全国の観光ペナントが、ずら〜り、オールカラーで収録されているのです。細長い三角形にラメの入ったご当地風景。周囲には黄色い房飾り。ページを眺めているだけでリュックサックを背負って林間教室に出かける、あのワクワク感が蘇ってまいります。
巻末の資料編も力が入っています。ペナントブランド別パッケージ・ラベル集、ペナント進化論と銘打ったペナントの歴史論、などなど。中でも「ペナント工場見聞録」という工場見学レポートは必見。ペナントの型紙、ペナントの原画といった貴重な画像も収録されており、読み応え見応え十分、所有欲を刺激する憎い一冊です。
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●「全日本顔ハメ紀行〜
<記念撮影パネルの傑作>88カ所めぐり」
いぢちひろゆき
新潮OH!文庫
4-10-290101-9
税込価格\670 |
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観光地でしばしば見かける「顔ハメ」、味わい深い侘び寂びを感じさせてくれるものです。
そんな「顔ハメ」に魅せられた著者が本業の合間をぬって、日本全国を行脚して収集した一大コレクションが、本書「全日本顔ハメ紀行」。再開発の波に飲まれて近い将来消えてしまうであろう「顔ハメ」達をひたすら記録した『熱い一冊』であります。
ラブラブカップル、あるいは修学旅行生達、あるいは親バカ万歳のキッズフォトの小道具として、観光地の片隅に佇む「顔ハメ」ですが、なかなかどうして、どの「顔ハメ」も御当地の方々のアイデアや苦労の結晶なんですね。それにしても、人間以外の顔ハメが相当数、存在しているというのが、何とも愉快です。忍者や戦国武将ならカッコよくハメてみたいですけど、屈斜路湖の「日本一おいしいアイスクリーム」から顔を出すっていうのは、どんなもんでしょうか。
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●「財布の中身」
こうざい きよ
ちくま文庫
4-480-03923-6
税込価格\819 |
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たとえ家族のモノであっても、「人様のお財布」をのぞいてしまった時には何故か、罪悪感を感じずにはおれないもの。頁を繰るごとに、多様な年令・職業の人々の財布とその中身が次々と表われるこの本、興味深くも畏れ多い、文字通りの「赤裸々な一冊」なんですね。
学生さんは、やっぱり貧乏だなぁ、所持金1267円ですって…などと言っても、一覧表かなにかで数字を知るのと、写真で「お財布、札、コイン、カード、レシート類などお財布の中身すべて」を視覚的に見るのとでは全く迫力が違う!
見開きいっぱいに写し出されたお財布とその中身。
病院の診察券、キャッシュカード、ハンズの割引券、運転免許証、お守り、そして多種多様なレシート、レシート、レシート。
最もプライベートな持ち物である「お財布」を見せてくれた人々、そして勇気を振り絞って取材を続けたであろう著者のためにも、じっくり・まったりと「お財布の中身」を味わってみようではありませんか。
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●「制服概論」
酒井順子
新潮文庫
4-10-135115-5
税込価格\460 |
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「『負け犬の遠吠え』を書いた人」として有名になってしまった酒井順子。婦女子の赤裸々なる生態をクールな文体で冷静に分析するエッセイストとして熱烈なファンも多い酒井順子。酒井順子を紹介する時、「主な著作」として取り上げられる事が決して無い、いわば、隠された十字架、それが「制服概論」なのであります。
なぜ制服は魅力的なのか、制服を着用した人を目撃した時に我々が覚えるある種の精神の高揚は何故か。
たとえば、「期間限定の制服」として、「小学生の制服」。只でさえ愛らしいミニチュア感に「同じ格好の子供が大勢存在している」という、群舞シーンを観るような高品質な眼の保養度。制服着用者の自意識の低さが、無邪気な「着せられている感覚」が、貴金属の原石のように制服鑑賞者の眼には輝いて見える。
もちろん、「働く制服」として、OL、スーツのサラリーマン、スチュワーデス、看護婦、料理人、肉体労働者(寅壱ブランド専門店のレポートは必読)などもきっちりと分析されています。
「トップガン」「愛と青春の旅立ち」などを『軍服映画=軍服着用の男子を愛でるために存在する映画、戦争映画とは定義が異なる』と言い切る著者だけに、
圧巻は「闘う制服/軍服」の項。
ミリタリーマニアの延長線上の分析、あるいはフェティシズムの対象としての制服(すみません、言葉の意味をよくわからずに書いています…)については、これまでに多種多様な論述が存在するでしょう。しか〜し!本書は、あくまで「鑑賞する側」の視点から、熱く『制服』を語った作品。合理性、機能性は必要最低条件。「しばり」の厳しい制服こそが、そのストイックさで制服鑑賞者を魅了するのです。そ〜です、その通り!私は熱く賛同いたしますですよ。
社員旅行で上司の私服姿に愕然とした経験をお持ちの方、カジュアルフライデー(もしかして死語ですか)に何を着用すべきか日々悩んでしまう方にもお勧めの一冊です。
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●「東京の坂」
中村雅夫
晶文社
4-7949-6152-9
税込価格¥2752 |
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この表紙の写真、どうです?ぐっと来る逸品ですよね。「日無坂」という坂だそうですが、急坂、狭い道、石段、桜の樹と役者が揃っています。この表紙を見た途端「買いだ!」と思ってしまいました。
著者の中村雅夫という人の本職は電気技師。ハイカラなお父さんの影響で写真が趣味のカメラ少年は、やがてカメラおじさんとして、仕事のかたわら、東京の坂道を撮り続けるようになったのです。自作の傾斜計と道幅測定器を常に携帯しているという、筋金入りの「坂道好き」の「坂道写真集」が本書『東京の坂』です。
(そういえばタモリも「坂愛好者」なんですよね、「タモリ倶楽部」で熱く語らっているのを見ました。)
団子坂、ポプラ坂、無名の坂、蛍坂、桜坂、御隠殿坂、胸突坂、のぞき坂、袖摺坂、念仏坂、遅刻坂、カナリア坂、九郎九坂、 へびだんだん……。収録されているモノクロの坂道写真には、日傘のご婦人、自転車で疾走する少年、学生服姿の高校生達(現在ではほとんど目撃不可能になりました)など、ほんのり懐かしい光景が写っていて何回見返しても飽きません。
「東京の坂は、撮り終わってからがまたたのしいんです。その日さいごにまわった坂の近くで銭湯を見つけてひと風呂あびて、近所の居酒屋で一杯やる。」銭湯がめっきり減ってしまった今日ですが、坂道めぐりの楽しさは変わらないはずです。
第3回『入魂の一冊』、いかがでしたか。
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どうぞ、これから末永く「まぼろし書店・神保町店」をよろしくお願いいたします。
『名画座の時代』
『あのころの風景』
2004年5月21日更新
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