「愛しているよと言えなくて、また歌を唄う
あなたとともに唄えたなら とてもうれしい」
おとといだっけ、スーパームーンっていう現象があった。
お月さまが地球に近い位置になって、いつもより大きくまんまるく輝いていた。
昨日の夜、「HEY! HEY! HEY!」で、斉藤和義さんを観た。
いちばん新しい歌を歌ってた。
「月光」っていう名前の歌。
斉藤和義さんや真心ブラザーズ、トータス松本さんにワタナベイビーさんに奥田民生さん、それからエレファントカシマシ・・・と、清志郎さんの遺伝子を受け継いだミュージシャンたちが、この国には何人もいる。そして、ヒロト&マーシー。もちろん、桑田佳祐さんもいる。
もはやロックもフォークもブルーズも歌謡曲も何もない。
大切なことは、「自分の言葉で歌う」ってことだ。
80年代にはジャパメタブームがあって、斉藤さんもメタルバンドで楽器を弾いてたらしい。大きな轟音が、彼らを魅了していた。
でも、「自分の言葉で歌う」ほうが、ずっとかっこいいって、ふと思ったんだと思う。
「自分の言葉」っていうのは、「自分がつくった言葉」っていう意味じゃない。
「自分が信じてる言葉」っていう意味だ。
シンガーソングライターなんて言葉は、私はあんまり好きじゃない。
どうしてって、ほんとうはそれが当たり前のことだと思うし、たとえ他人がつくった歌を歌っても、その人の歌になっていたら、それで誰かを感動させることができたら、誰もがその瞬間、シンガーソングライターってやつのはずだ。
愛と平和のために、ロックンロールとフォークミュージックは世紀を超えて、孤独な私たちの耳元で鳴り止まない。
「愛されたいと願う人で ここも順番待ち
今夜は月がキレイだから 手を伸ばすよ 手を伸ばすよ」
斉藤和義さんのデビューシングルは、「僕の見たビートルズはTVの中」っていう歌。
「月光」では、キース・リチャーズとジョー・ストラマーの言葉が引用されている。
憧れが、人を希望に導くんだ。でも、憧れだけじゃダメなんだ。
結局は、自分のアタマで考えて、自分のココロで感じて、自分のカラダで動かなきゃいけない。
音楽とか歌っていうのは、人生に寄り添ってくれる安心のひとつだ。
でも、聴いてるだけじゃダメなんだ。
自分で歌いたい。自分の声をみんなに聴いてもらいたい。
この素直になることが難しい時代、斉藤和義さんがアコースティック・ギターとハーモニカを持って自分の言葉で歌い始めたときのような瞬間が、どうかあまねく、みんなにありますように。
それぞれの歌、みんなの歌、誰かのココロに響く歌。
月の見えない夜、月のきれいな夜、きっと何かが光り出す。
オレはこんなもんじゃないだって! こんなハズじゃないんだって!
信じておくれよ
わかってないアイツらが センスのないアイツらがバカなだけなのさ!
だからどうか あともう一杯だけ
キース・リチャーズは言った 「ロックはあるけどロールはどうしたんだ?」
ジョー・ストラマーは言った 「月に手を伸ばせ たとえ届かなくても」
だから行くなよ 後悔しても知らないぜ
月も見えない夜に 何処かで犬が吠えてる
「サヨナラ」って聞こえたよ それともしぼむ夢の音?
愛しているよと言えなくて ひとり歌を唄う
あなたとともに唄えたなら とてもうれしい
オレはオレになりたいだけなんだ ただそれだけなんだ 誰だってそうだろ?
ロックンロールに教わった事は「人と違っても自分らしくあれ!」ってことさ
そして「愛と平和」 そいつの意味を探している
あっちの席でオッサンは言ったよ 「オレは百人の女と寝たぜ」
こっちの席じゃ若者が「男の価値はなにで決まるのかな?」
そしたらとなりの女が「そんなの" 家族" に決まってるでしょう!」
月も見えない夜に 何かが光りだした
気のせいなんかじゃない 確かに胸の奥の方
愛されたいと願う人で どこも順番待ち
それぞれの歌うたいながら 夜を越えてく
愛しているよと言えなくて また歌を唄う
あなたとともに唄えたなら とてもうれしい
愛されたいと願う人で ここも順番待ち
今夜は月がキレイだから 手を伸ばすよ 手を伸ばすよ
「月光」詞・曲:斉藤和義
斉藤和義「月光」(初回限定盤)
1. 月光 2. メトロに乗って 3. 今夜、リンゴの木の下で 4. やさしくなりたい(Live at 日本武道館 2012.2.11)
Released on May 2, 2012