さえきあすか
その4 衛生優美・リリスマスクの巻
ずっとあこがれていた骨董屋さんがいました。
『こまごま古道具』(住まいの図書館出版局発行、星雲社発売)の著者であり、東京の下北沢にある骨董屋さん、「あんてぃかーゆ」のオーナー・加藤恵子さんです。
骨董屋さんの目を通して書かれたこの本には、ひと昔前につくられた桜印のしょうゆビンや竹のボタン、扇風機、革のトランク、招き猫など、さまざまなモノと、多くの人との出会いが、やさしい文章で書かれています。10年前にこの本に出会ってから何度も何度も読んだので、だいぶ傷んでいますが、私はすっかり加藤さんのファンになっていました。
ですから、この10年という間には数え切れないほどお店にいっていますし、加藤さんの手から直接モノを受け取ったことも多々あります。そのたびに、「今日こそは勇気をだして話しかけてみよう」と思うのですが、いざ話しかけようとすると、お客さんが来てしまったり、ドキドキと緊張してしまい、今度にしようとあきらめたり。はたまた、あまりミーハーな態度をとるのもいかがなものか?
なんて悩んだりして、話しかけることができなかったのです。しかし、待ってみるものです。先日「あんてぃかーゆ」へ行った時に、偶然にも知り合いの業者さんがいて、加藤さんを紹介してくださったのです。私は緊張する気持ちを必死に押さえつつ、「これは縁!」とばかりに一生懸命自分をアピール(?)しました。けれど、うまく話せたかしら?
何を話したか思い出せないのです。いかに緊張していたか……です。
この日は「あんてぃかーゆ」で真っ黒いマスクを2つ買いました。
こんなヘンテコなマスク、見たことがありますか?
実は、このテのマスクを何個かコレクションしていて、『ガラクタをちゃぶ台にのせて』(晶文社発行)の中でもまとめて紹介していますが、出会った当初はニセモノかと思いました。だって、未使用で状態がよかったせいもありますが、現在のマスクと比べるとあまりにもパッケージが変。その上商品名もユニークで、「さゆりマスク」、「博愛マスク」など、見るからに怪しいのです。もしやこれは危ない関係……といいますか、大人が使う趣味の代物かと考えたほどです。
ところが意識しはじめると、出てくる、出てくる、いったい何種類あるのか想像もできません。この日に出会ったマスクもはじめて見ました。「リリスマスク」と「バンザイマスク」の2種類で、両方ともデッドストックです。
「バンザイマスク」は、いかにも戦前という時代を現わしている商品名です。当時は「萬歳」の文字が入った食器や着物など、さまざまなモノが存在しました。高級感あふれる革製の真っ黒なマスクで、中央には6つの小さなまるい輪がはめ込んであり、呼吸がしやすいようになっています。
「リリスマスク」は黒い布製で、裏地の白い布との間に、外側に向けてカマボコ型にふくらんだブリキの枠(大きな穴が2個あけられている)が縫いつけられており、口が当たる内側の部分には穴のあいたセルロイドを使用して、通気されるようになっています。ブリキが呼吸で錆びなかったのか少し気になりますが、ここまで手間のかかった、まるで機械のような構造に、なんだかビックリです。でも、この時代のマスクは、おしなべて硬い材質のものが多いのです。だからこそ商品名を柔らかくしているのかも知れません。この「リリス」は何でしょう? ローマ字で「LILIS」とも書いてあります。百合から来ているのでしょうか。ちなみに2つとも東京で製造されたモノです。
私にとっては珍しい真っ黒いマスクですが、74歳の知人に見せたところ、「懐かしいわね。子供の頃のマスクはこうだったのよ」との返事がかえってきました。昭和初期には、真っ黒いカラスのくちばしのようなマスクが、かっこよかったのですね。さっそく自分の口につけて鏡で見てみると、実に異様な姿です。何度つけてみても不気味です。やっぱり白いガーゼのマスクの方がいいやと思いつつも、以前に集めたモノを引っぱり出して見比べたりもして、ひとときを楽しんでいるのでした。
さてさて、10年ぶりにようやく話すことができた「あんてぃかーゆ」の加藤さん。ご迷惑にならない程度に、今後も親しくお話できれば……と思う今日この頃の私です。
2002年7月5日更新
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