田端宏章
第5回 活版印刷に魅せられて
私は都内の小出版社に勤めている編集者ですが、なりたての頃は「この本は、オフセット印刷に適した内容なのでオフセットで」というような、印刷方法に選択肢があるということをあまりよく知りませんでした。数年が経ち、自分のやりたい企画なども固まってきた頃、一冊の詩集の出版を企画いたしました。「この本の内容からして、印刷は活版でやりたい」と思い、活版印刷のできる印刷屋さんを探すことにしました。ところが……。書籍の活版印刷を行なっている印刷所はほとんど無いことを知ったのです。活版印刷という印刷方法は、もはや風前の灯火状態なのでした。私はいつものごとく、ガッカリしました。何百年と続いてきた印刷方法を、わずか数十年のうちに捨ててしまうなんて……。
しかし、私はあきらめませんでした。その後、某大手印刷会社が最近開設した博物館に活版印刷を体験できる講座があることを知り、私は友人とその講座に入会しました。そこで知り合った方の伝手で活版印刷機を譲り受け、活字も少し手に入れました。また、印刷機を譲って下さった方から、都内にある某活版印刷所が廃業するので道具をいただけるとの情報をいただき、そこから沢山の道具類を譲り受けました。そして現在、私の自宅は活版印刷所が丸ごと移動してきたかのような状態になっています。捨ててしまうのは勿体無いと、ほとんどの道具をいただいてしまったからです。
活版印刷の魅力は、やはり刷った物の裏側に凹凸ができるところです。そこで、活版印刷所と化した自宅の名前を「凹凸舍(おうとつしゃ)」と名付け、趣味で活版印刷を楽しむことにしました。自転車で5分くらいの所に活字屋さんもあるので、活字調達にも今のところは不自由しません。今後は名刺や葉書以外にも小さな書籍や、以前企画して実現できなかった詩集を、今度こそ活版で印刷してみようと思います。
活版印刷には、のっぺりとした印象の強いオフセット印刷では味わえない魅力があります。そして、紙の裏にまで現れる印圧の凹凸に、刷られた文字の魂を感じるのです。昔の文筆家は、活字を一文字一文字拾って組む大変さを理解した上で小説や文章を書いていたといいます。現代の作家に比べて、文章を書く意識は相当違っていたことでしょう。かの柴田錬三郎氏は、自分の単行本を活版印刷以外では刷らせなかったというエピソードもあります。「活字離れ」が叫ばれる今こそ、作家自らが活版印刷を選択し、自分の書いた文章に責任を持つ意識が高まればと思うのですが、それもかなわない時代になってしまいました。活版印刷は、経済効率優先の時代の中で、ひっそりと姿を消してゆくのでした……。
(たばた ひろあき 活版印刷局凹凸舍 舍主)
2002年7月31日更新
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