南陀楼綾繁
9月某日 小淵沢ノ夢幻境ニ遊ビ甲府ノ古本屋ニ安堵スル事
朝10時、新宿からの「スーパーあずさ」に乗り込む。担当している著者の講演会が、山梨県の小淵沢であり、そこで雑誌を販売するコトになったため。仕事ではあるが、休日でもあり、ヨメの旬公が助手代わりについてきているから、物見遊山気分。だいいち、急に決まったハナシなので、小淵沢がどこにあるかさえゼンゼン知らなかった。長野県との県境にあり、清里や軽井沢にも近いリゾート地だと友人が教えてくれたが、「南陀楼さんにもっとも似合わない場所ですよ」と付け加えたのは余計なお世話である。
甲府で乗り換えて、各駅停車で30分ほど。ガタゴトという揺れが心地いい。もう寒いのではないかと予想していたが、寒くもなく暑くもない、ちょうどイイ天気。小淵沢の駅でタクシーに乗ると、すぐ山道に入る。しばらく行くと、会場である「A」という会社のビルが見えてくる。白い船のような建物だ。ココで「日本Z学会」が開かれ、著者のSさんはその基調講演をするのだが、その学会がどういう団体なのか、ほとんどワカラナイ。「A」に入ると、どこから調達したのかと思えるほど多くの女性が、黒で統一したスーツを着て、出迎える。あとで聞いたら、社員と学生だったらしいが、ちょっと宗教団体じみている。講演が終わり、場所を食堂に移し、懇親会になる。オーガニック(有機食)の夕食というので、「腹に溜まるモノが出るのかなあ」と心配していたが、コレが意外とボリュームがあり、さすがにウマかった。最終的に雑誌も20冊ほど売れて、まァよかった。
そのあと、Sさんたちが泊まる「R」に同行するが、山の中に巨大な建物が現れて驚く。ロビーもレストランもナニもかも大きい造りになっている。聞けば、「A」の建物を設計したのと同じ、イタリア人の建築家が設計したものらしい。客室まで行ってみたが、廊下も異様に長くて、なんだかコワイ。まるで、キューブリックの映画『シャイニング』に出てくる廃ホテルみたいではないか。イマにも、双子の女の子が現れそう……。タクシーでホテルをあとにするとき、旬公は「さっきのレストラン、たくさんヒトがいたけど、あれみんな幽霊なんじゃないかな」と。そりゃ、『シャイニング』に影響されすぎ。
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われわれが泊まるのは、すぐ近くのペンション「Y(山の名前)伝説」。なんでこんな名前かと思ったら、部屋ごとに「富士山」とか「権現岳」とか山の名前がついているだけ。こういうノリにはつくづくガックリ来る。部屋はまあまあ広いのだが、いかにもペンションっぽい雰囲気だし、外に散歩に出ようと思ったら鍵が掛かってる。しょうがないので、とっとと寝てしまった。
翌朝、またホテル「R」に行って朝食。離れには長期滞在用のコテージがあり、そこがヨーロッパの街並みを模しているというので行ってみる。石畳の広い道の両側に、二階建ての建物が並んでいる。まったく日本とは思えん。こんなトコロにこんなモノをつくろうとする建築家もホテル側も、ナニを考えているんだろう。また、『シャイニング』や、そのパロディであるすぎむらしんいちのマンガ『ホテル・カルフォリニア』を思い出した。その瞬間、コテージの階段を同じ服装の女の子が二人、駆け下りてきたので、肝が冷える。旬公をつっついてそっちを向けると、「ひええー」と叫んで、女の子が逆におびえていた。双子じゃなくて姉妹だったけど、心臓に悪いよ。
タクシーで小淵沢に行き、そこでSさんたちと別れる。昨日からずっと日本ではないトコロに幽閉されていたみたいな、現実感のない気分が続いている。コレはゲン直しをしなければならないと、甲府で降りて、街を歩く。「信玄堂」という古道具屋を覗くと、安くておもしろいモノがある。大阪名所の絵葉書(「此処が淀屋橋の入口デンネ。地面の下やサカイ遠慮なしに走らされマッシャロ、ソウヤサカイ自動車や自転車と衝突したり、人を引いたりする心配はオマヘンネ」などと大阪弁のキャプションが楽しい)などを買う。古本屋は二軒しかなかったが、電車の窓から木造の古い建物が見える「城北書房」に行くと、10円均一の文庫に小沢昭一、吉行淳之介、野坂昭如などがゴロゴロ見つかる。単行本も古山高麗雄『蟻の自由』(文藝春秋)が1000円など手頃な値段で、けっきょく十数冊買い込む。そのあと、駅前でビールで「ほうとう」を食べ、ようやく俗世間に戻ってきた気分だった。
2002年10月29日更新
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