串間努
第2回「虫下しチョコレート」の巻
みなさんは虫下しチョコレートって知っているだろうか?
虫下しっていうのは寄生虫を体外から排出すること。つまり、検便をして蛔虫がいたら、このチョコレートを飲んで、虫退治をするわけだ。
虫下しチョコが生まれる前まではサントニンという駆虫薬で寄生虫を退治していた。識者の話によると昔は藁とかザクロ・柿で駆虫したものだという。
戦前から戦中は「マクリ」で駆虫した。これはカイニン酸が成分で天草(海人草)を煎じて飲むものであったが、飲んだものの3・4割にしか効果がなく、かつ苦くてまずいものだった。
昭和20年代前半、日本の学校の児童はほぼ全員といっていいほど(九〇%以上)寄生虫に冒されていた。当時の作物は人糞を肥料にしていたため寄生虫がまんえんしていたのだ。厚生省は「寄生虫病予防対策協議会」を開き、蛔虫を中心とした集団駆虫に乗り出そうとしたが、当時は国民病である「結核」の予防がより重大であったため、保健所など行政は寄生虫病対策にまで手が廻らなかった。駆虫しようと思っても薬が高価であったり、あるいは手に入らないのだ。そこで、学校では強制的に虫下しを飲ませていた。
ところが当時の虫下しは殺人的に「マズイ」。
ちょっとでも口に入ったら吐き出した気持ちになるそうだ。
当然虫も死んでしまうだろう。
そこで中村化成産業という会社が「チョコに混ぜたらどうだろう」と考え、日本で最初に虫下しチョコをつくったのであった。
しかし、その頃は物資不足でチョコレートがなかった。だから、ブドウ糖の中に溶かしてココアを入れてチョコレートにした。代用グルチョコ(グルコース=ぶどう糖です)に虫くだしを入れたわけだ。当時は砂糖も貴重品だから甘味はぶどう糖を使うのだ。ぶどう糖は砂糖を使わないのだ。サツマイモなどのデンプンから作るのだ。いろいろ説明しないと当時の状況が伝わらないのだ。
そして『アンテルミンチョコレート』というカッコイイ名前をつけた。
アンテルミンとはヘンな名前だがこれは、「アンチ・ヘルミンス」の略で対寄生虫という意味だ。
このチョコが学校ルートに流れた。なぜなら薬屋に行ったら、薬屋は『苦くない薬なんて、薬じゃない』と言って、相手をしなかった。ずいぶん思いこみが強い薬屋さんである。また、薬問屋を通したりすると、その頃は手形取引というので現金を貰えなかった。それなら、直接学校に行って現金を頂いたほうがいい。中村化成産業は北海道から鹿児島まで売り歩いた。行ってない小学校はないぐらい売り歩いた。
アンテルミンチョコレートは、最初は回虫だけに効力があったが、その後ぎょう虫に効くように内容変更をした。虫下し自体は、どこの製薬会社でも売ろうと思って許可は取っていた。ただ、それを飲みやすく工夫したのが中村化成産業だった。
開発した当時のアンテルミンチョコは、板チョコになっいて、割って食べていたという。価格は一個八十銭ぐらい。検便をした結果、回虫なり何か虫がいるとわかったら、アンテルミンチョコを買いなさいと先生にいわれる。当時は先生が教室で児童から業者のものを集金しても大丈夫なおおらかな時代だったのだ。肝油しかり。学研の科学と学習しかりである。
現在は寄生虫で困っている子どももそんなにいない。自らが作った商品が世の中のためになるがゆえに、最期に駆逐されていく。需要をなくすために供給していったという、悲しい宿命でありますなあ。
●「小説宝石」(光文社)で取材したものの抄録
2002年6月6日更新
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