串間努
第4回「マッカチンを知らないか……ザリガニ釣り」の巻
──夜になると食用ガエルが大きな声で鳴いていた。
近くの池で大きい蛙を捕まえては、その両足を持ち、逆さにして、真中から皮をひきさき、内臓をとりだし、浮き袋を指でつぶし、ザリガニの餌にしていた。そして使いおわった蛙は家につるしておいた。母親などはその干からびた蛙の姿をみては驚いて、怒っていた……。
子どものころとオトナになってからの視界は違う。家の近くにあった池の広さも、オトナになってみると、水たまりに毛が生えたようなものだった。窪んだ湿地に雨がたまったのだろう。放課後になると、この池にザリガニ釣りに行ったけれど、オトナだったら池の中にザブリと入り込んで、手掴みできそうだ。子どもだったボクは釣り竿を濁った池に垂らしていっぱしの釣り人気分でいたけれど。
ヘラブナや鮎釣りのように定番の釣り道具があるわけではない。たかだかザリガニ釣りだけれど、地域地域で長い年月で培われた方法があって、これが面白い。
ボクのところではセイタカアワダチソウという、黄色い花をつける雑草の茎を釣り竿として、そこに母の裁縫箱から失敬してきたもめん糸を結びつける。エサはカエルであった。
「ザリガニ釣りのエサはなんでしたか」というアンケートをとったことがある。昭和10年代から30年代に生まれたかたはカエルやスルメ、ザリガニの身(一匹めは誰かが釣ったのを貰う)をエサにした体験を持っているかたが多かった。しかし雑食性のザリガニだけあって、キャラメルコーンだの、ちくわ、消しゴムなどとユニークな回答もあった。お父さんの酒のつまみだろうか、乾物としてのスルメが家庭に常備されていた時代なのである。ザリガニの身で共食いさせるのは全国的に見られた回答で、バケツに入れておいたザリガニがエサが足りなくて共食いするのを見て、「それならエサにつかえるだろう」と自然発生的に流用したものだろう。実際、スルメや煮干しよりもザリガニの身のほうがエサの食いつきがよかった印象がある。エサに使用されるのはもっぱら茶色くて小さいものだった。これが在来種のニホンザリガニなのかアメリカザリガニだったのかはわからない。ニホンザリガニは北海道と、東北に一部にしかいないからだ。小さくて見栄えのしないザリガニをエサにして、ハサミが大きくて赤い、アメリカザリガニを釣る。ボクらの地域では「まっかちん」と呼んでいたが、地域性が強いネーミングのようで、知らないかたも多い。千葉の八千代市では「ん」が抜けて「まっかち」といっていたそうだし、荒川区に住んでいた60歳台の男性は「カニをまっかちんと呼んでいた」という。現在のところ、千葉、東京、埼玉ではアメリカザリガニを「まっかちん」と呼んでいたことがわかっている。
「まっかちん」の語源は何だろうか。ネットや書物を当たってみたが、考察したものを発見できないので、自ら仮説を2つ、考えてみた。
まっかちんという言葉を「まっか」と「ちん」の2つに分けてみた。「まっか」は自身の色である「真っ赤」を現すことは自明である。となると「ちん」が何であるかを考えればよい。ボクの経験によって「まっかちん」はたまに釣れるものであり、釣ったものは羨ましがられたことから、珍しいもの、ありふれたものでないものということを意味するために「珍」が選ばれたのではないかと思う。ただ、名詞にこのような形で接尾する語があるのかどうか、言語学を修めてないのでわからない。むしろ接尾語としての「ちん」からアプローチする必要があるかもしれない。そこで接尾語として「ちん」がどのような意味で使われているか調べると、「ちん」はひとを現す接尾語として使われていた。ばかちん、でぶちん、などである。(おたんちん・しぶちんがそれかどうかは不明)
ザリガニが「ひと」であるわけがないので、ここは擬人化して使っていると考えたい。真っ赤でカワイイやつということで「まっかちん」となったのではないか。「恵美たん」「美穂りん」のような「たん」「りん」という接尾語がある。これは愛称として「ちゃん」的に接尾しているわけだが、これと近い用法で「まっかちん」という言葉が生まれたのではないだろうか。
まっかちんと称されるアメリカザリガニは、昭和2年に、神奈川県境川支流の柏尾川流域に北米ルイジアナ州ミシシッピ−川から食用ガエル(ウシガエル)のエサとして輸入され(200匹中20匹しか生存していなかった)、数十匹が逃げ出して、北海道をのぞく国内全域に広がったという。
(1916年に輸入され、関東大震災によって、池が壊れて、逃げ出したのが全国に広がったという説もあるが、これは食用ガエルの輸入時期との混同だろう。一番多いのは昭和5年に輸入されたという説だが、これは証言者の記憶違いということで後で昭和2年ということに本人から修正されたという)。
食用ガエルのエサとして輸入されたアメリカザリガニ。奇しくもボクの通った池ではその関係が維持されており、ボクの手によって食うものと食われるものの関係が逆転されていたのであった。
●書きおろし
2002年10月3日更新
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