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「薬局」タイトル

串間努

第4回
「メンソレータム」の巻


延壽堂メンタム タムタムタムメンソレータム。昭和50年頃、子どもの遊びでこんな呪文が流行ったことがある。指を使ったなぞなぞ遊びだったが、どんな内容であったかは忘れてしまった。子どもたちの口端に上がるくらいメンソレータムは有名な薬だった。

 私にとってメンソレータムはサロメチールと並ぶ「アメリカの薬」というイメージだった。小学六年生のころ、冬の掃除の時間が終わると、ぞうきんを絞った手にハンドクリームをつけるのが流行したことがある。洒落っ気が出てきた女の子が持ってくる、メンソレータムを缶から少量すくい、頒けてもらうのだ。しもやけができる私は、家では「ももの花」という、もっぱらおばあさんが愛用しているような和風クリームを塗られていたので、ミントガムの匂いのするメンソレータムにしびれた。チョコミントアイスにも弱いし、大人になってからは「メンソールたばこ」を高級たばことして特別視するようになってしまったが、それはメンソレータム体験があるからかもしれない。ニッキよりはハッカのほうが洋風のイメージを与えてくれた。

フタワメンタム メンソレータムはすでに発売八〇周年を迎えるロングセラー。やはりアメリカ渡来のものであった。アメリカのウィリアム・メレル・ヴォーリズという熱心なキリスト教信者の若者が外国伝道のため明治三八年に来日、滋賀の近江八幡にある商業学校の英語教師に赴任した。彼は神学校を出て宣教師になるのではなく、民衆の中で働きながら伝道することを夢みていた。ところが当時の近江八幡では宣教活動が受け入れられず、学校も首になってしまった。なんとか自活して宣教しなくては……。そこでヴォーリズは彼を慕う青年らと合名会社を起こし、建築設計の仕事を手掛けた。お茶の水の「山の上ホテル」も彼の設計だという。レトロ散歩をすると彼の設計した洋館に出会うことだろう。

 だが零細事業の経営だけでは布教活動の資金繰りにも限界がある。
 故郷のアリゾナ州レブンワースには米国メンソレータム社があった。社長A・ハイドは熱心なクリスチャンで宣教活動をする人を応援していた。そしてたまたま知己となったヴォーリズに「資金が足りないならメンソレータムを日本で売ってはどうか」と勧め、大正九年に「メンソレータム」の輸入販売を開始したのである。当初は売れなかったが、薬局にクリスチャンが多かったことと、全国の教会を通じて販路を確保できたことで次第に売上が伸びていき、現地生産となった。

リトルナース
リトルナース

 「昔は炊事・洗濯の水仕事が多かったものですから、手の脂が抜けて皮膚がカサカしたりヒビができたりしたんですね。それで脂の補給といいますか、ハンドクリーム的に使われたようです」(株式会社近江兄弟社)
 万能薬ということで、戦前には胃薬としてオブラートに包んで服用したり、ポマード代わりに使った人さえいたという。すごいな。
 一番売れたのは昭和三〇年代。そのころは類似品も二〇〇種類現れた。私はパチモンのメンソレータム缶を集めたことがあるが。近江兄弟社にもそれらのコレクションがあったので驚いた。
 洗濯機やゴム手袋の普及で、手荒れ保護の需要が減り昭和四〇年代後半からは売れ行きがかげった。だがよくしたもので、唇の乾燥防止にメンソレータムを塗る「薬用リップ」の需要が台頭しその穴を埋める形になった。寒い木枯らしはメンソレータムにとっては追い風だったのだ。

リトルナース
近江兄弟社の
メンタームキッド

 ところで現在同社が発売しているのは「メンソレータム」でなく「メンターム」。中味は同じだが長い間親しまれてきた「メンソレータム」ブランドはロート製薬が発売している。昭和四九年に近江兄弟社が負債を抱え倒産寸前になったとき、スポンサー候補として名乗りでたのがロート製薬。ところがこの話は白紙に戻った。そしてなぜか米国メンソレータム社から「商標権契約はロート製薬と結んだ」というお知らせが。結局、自力更生した近江兄弟社は「メンターム」ブランドで再スタートを昭和五〇年に切った。
 ひところより売れ行きは落ちているが、事業の礎を築いたメンタームを「これからも作り続けます」と社長は断言する。 

●毎日新聞発表分を改稿


2002年10月7日更新
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