21世紀編(2012-)の最近のブログ記事

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きょうは、ゾウさんこと、西岡恭蔵さんの64歳のお誕生日。
1969年8月15日の終戦記念日、大阪の難波元町、国道26号線沿いに小さな喫茶店、「ディラン」が生まれる。
大塚まさじさんがそこの初代マスターになって、フォーク仲間や演劇人や運動家、若い人たちが集まり、小さな空間の中で、いつしか自然に誰かしらが歌っているような、そんなコミュニティに育っていった。
そこには元々のお店のママのような人がいて、ゾウさんのファーストアルバム「ディランにて」の2曲目で、その人とお店のことが歌われている。
ニューヨークのコーヒーハウスで、ボブ・ディランたちが歌っていた憧れの風景と自分たちのいる「ディラン」を、若き歌い手たちは重ね合わせていた。
そこで行われていたミニコンサートが、福岡風太プロデュースの春一番コンサートへと昇華する。
このお店で生まれたバンドがザ・ディランだったけれど、ゾウさんは1971年に脱退、バンドはザ・ディランⅡと名を変え、ゾウさんはソロになった。
大阪のダウンタウンの風に吹かれていたゾウさんは、時を経て、作詞家のKUROさんと出会い、2人で南国の風を浴び始める。
寂しげで朴訥とした世界観から、異国に思いを馳せるエキゾチックな夢の情景まで、どれも西岡恭蔵の世界なんだ。
そしていま、ゾウさんもKUROさんも、生身のカラダをもって現世にはいない。
目に見えぬ天使の姿をして、歌そのものとなって、この世界を見守っている。
どんな生まれ方をした人も、どんな死に方をした人も、その人生には歌がある。たとえば、耳が不自由な人にも歌はある。
「プカプカ」は、多くの人に歌い継がれ、あまりに有名だ。
後年は、矢沢永吉の曲の作詞をいくつも担当したから、いわゆるフォーク・ファン以外にも知っている人はいると思う。
大阪のダウンタウンのはずれの小さな店から、カリブの海岸へと旅を続けた西岡恭蔵は、天国経由で、ちゃんといまもみんなのそばにいる。
64歳だ。
ひとりの人間が、64年間、生きたのだ。歌ったのだ。
それだけで、ものすごい奇跡なんだ。
生きることも死ぬことも悲しいことだ。でも、私たちの傍らには、いつも歌がある。
社会はより複雑化し、インターネットの発展とは反比例するように世知辛くなり、鬱病や神経症を患う人は増え続けている。
ゾウさん、どうか、守っていてください。
あなたの声は、とても優しい。
ところで関西人は納豆が嫌いな人が多いみたいだけど、ゾウさんはどうだったんだろう。
ディランのママの別れた下駄づくりの旦那さんのように、好きだったのかなぁ。
それとも・・・ま、いいか、そんなこと・・。
丸眼鏡にかわいいキャップの、髭のおじさん、西岡恭蔵。
別名、象狂象。
ハッピーバースデー、ゾウさん!


 下町を教えてやろうか 六番街から西行きの
 バスに乗って終点まで 行ってごらん そこが下町さ
 ガードをくぐってちっちゃなタバコ屋を 右に曲がって五分ほど
 歩いてごらん 楽しいたまり場 下町のディランがあるからよ

  おおディラン おおディラン
  おおディラン おおディラン
  下町のディラン

 ディランのママは化粧が上手 とても四十には見えやしない
 下駄づくりの亭主を捨てて いまじゃ下町の女親分
 下駄づくりの亭主の言うことにゃ あいつはおいらに惚れていた
 家をおん出るそのときにゃ おいらの大好物の納豆が
 ひとりで寝る夜は寒いからと 手紙に添えてつくってあった

  おおディラン おおディラン
  おおディラン おおディラン
  下町のディラン

  おおディラン おおディラン
  おおディラン おおディラン
  下町のディラン


 「下町のディラン」詞・曲:象狂象



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ディランにて (紙ジャケット仕様)
西岡恭蔵「ディランにて」
1. サーカスにはピエロが 2. 下町のディラン 3. 谷間を下って 4. 君住む街に 5. 風を待つ船 6. 丘の上の英雄さん 7. 君の窓から 8. 僕の女王様 9. プカプカ 10. 街の君 11. 終りの来る前に 12. サーカスの終り
Released on July, 1972


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2012 track-10 鮪に鰯 / 高田渡

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高田渡のライブでの曲目は、私が通っていた晩年はいつもほとんど同じで、歌ってほしい歌はなかなか歌ってくれなかったりしたけど、この歌は歌っていた。
友人の中川五郎とは正反対で、歌の前後に説明のMCをほとんどしない高田渡、でも、あるとき、この曲を歌い終わったあとにボソッとこう言った。
「こういう歌が、いま歌われるべきだと思いますけどねぇ・・・」
渡さんの敬愛する沖縄出身の詩人、山之口貘の詩に曲をつけた「鮪に鰯」。
1954年3月1日、午前3時42分、アメリカによって、ビキニ環礁での水爆実験「キャッスル作戦・ブラボー(BRAVO)」が行われた。
原爆を落としてから9年後、舌の根も乾かぬうちにアメリカは核兵器を再び使ったのだ。
そのとき、ちょうどその近くにいた、遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」。
乗組員たちは被爆し、無線長が半年後に命を引き取った。
「放射能マグロ」の風評被害は広まった。
きっと現在の福島や宮城から流通している野菜や魚が安全かそうでないか様々な意見が飛び交っているように、当時も、焼津と東京から全国に行き渡ったマグロやイワシといった魚たちが、実際に放射線を浴びていたか浴びていなかったか、いろいろな学者の意見が飛び交ったのだろう。
亡くなった当時40歳だった久保山愛吉さんの遺言は、「原水爆による犠牲者は、私で最後にして欲しい」というものだった。
第五福竜丸事件は、日本にとって第三の核兵器による被害である。
しかし、その後も、世界中で核実験は行われ続けた。
そして2011年3月11日、第四の核被害、福島原発の爆発。
戦争や核の問題を、ユーモラスにコミカルに現代詩として表現してみせる山之口貘と、それをアメリカのブルーズやフォークミュージックの曲調に乗せて歌う高田渡。
「亭主も女房もお互いに鮪なのであって 地球の上はみんな鮪なのだ」というような、理屈を破壊する屋台崩しのような言い回しは、山之口貘の得意とするところだ。
「人間みたいなことを言い始めた」、この表現に、たまらなくキュンとする。
日本国内の原子力発電がすべて停止しているこれを書いている現在、前回書いたRCサクセションの「サマータイムブルース」と一緒に、この高田渡の「鮪に鰯」も聴いてほしくて、今回こうして書きました。


 鮪の刺身を食いたくなったと
 人間みたいなことを女房が言った
 言われてみるとついぼくも人間めいて
 鮪の刺身を夢みかけるのだが
 死んでもよければ勝手に食えと
 ぼくは腹立ちまぎれに言ったのだ

 女房はぷいと横にむいてしまったのだが
 亭主も女房もお互いに鮪なのであって
 地球の上はみんな鮪なのだ
 鮪は原爆を憎み
 水爆にはまた脅かされて 
 腹立ちまぎれに現代を
 生きているのだ

 ある日ぼくは食膳をのぞいて
 ビキニの灰をかぶっていると女房に言うと
 女房は箸を逆さに持ちかえると
 焦げた鰯のその頭をこずいて
 火鉢の灰だとそうつぶやいたのだ
 鮪の刺身を食いたくなったと
 人間みたいなことを
 旦那も言いはじめた


 「鮪に鰯」詩:山之口貘 曲:高田渡


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ファーストアルバム ごあいさつ(紙ジャケット仕様)
高田渡「ごあいさつ」
1. ごあいさつ 2. 失業手当 3. 年齢歯車 4. 鮪に鰯 5. 結婚 6. アイスクリーム 7. 転車にのって 8. ブルース 9. おなじみの短い手紙 10. コーヒーブルース 11. 値上げ 12. 夕焼け 13. 銭がなけりゃ 14. 日曜日 15. しらみの旅 16. 生活の柄
Released on June, 1971


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きょう2012年5月5日、国内で唯一、稼働を続けていた北海道の泊原発3号機が、停止する。
これを書いているのは午後8時半、すでに出力を下げ始めている。
午後11時には発電が停止、そこから3時間かけて翌6日の午前2時頃に原子炉は眠りに入る。
ニュースで、泊村の村長が「大変、残念です。早く安全を確認して、再稼働してほしい」と言っていたのを見た。
安全を確認したら再稼働だのと言うけれど、そのストレステストとやらは、2011年3月11日からきょうに至るまで実施され続けているじゃないか!
少なくとも、こんな地震の多い島国に、原子力発電所を54基も存在するのは、無茶だ。
その54基から、福島の4つの原発が廃止された。地球の怒りに触れたのだ。
そして今夜、最後の1基が停止する。
しかし、これら日本中の原発停止は、いったんのことだ。
政府や自治体や電力会社、或いは一部の政治家やマスメディアは、早く安全の確認を示して再稼働させたいと願っている。
「ただちに影響はありません」
その通りだ。放射能によって、何らかの病気が発症するのは数年経ってからだ。
原発を支持する人々は、どちらかといえば年配の世代が多いはず。
戦争を支持するのも、そうだろう。
なぜ、若者の未来を考えない?
なぜ、生まれてくる子供たちのことを考えない?
RCサクセションが、レコード業界の様々な困難を乗り越え、1988年8月15日、終戦記念日にリリースしたアルバム、「COVERS」。
曲目は、すべて洋楽のポピュラーソングのカバーだが、ただのカバーじゃない。
いくつかの歌は、歌詞が大幅に根本から変えられ、反戦・反核・反原発の歌ばかりに仕上がっている。
このアルバムのレコーディングには、桑田佳祐泉谷しげるや三浦友和など、忌野清志郎の友人たちが集まった。
「サマータイムブルース」のオリジナルは、エドワード・レイ・コクラン。
通称、エディ・コクラン。ロカビリー初期のスーパースターだ。
ノリノリで、かっこいい!


 Well, I'm gonna raise a fuss I'm gonna raise a holler
 About a working all summer Just to try to earn a dollar
 Well, time I called my baby Try to get a date
 My boss says, no dice son You gotta work late
 Sometimes I wonder What I'm a gonna do
 But there ain't no cure
 For the summertime blues

 Oh, well my Mom and Poppa told me, son
 You gotta make some money If you want to use the car
 To go ridin' next Sunday Well I didn't go to work
 Told the boss I was sick Well you can't use the car
 Cause you didn't work a lick Sometimes I wonder
 What I'm a gonna do But there ain't no cure
 For the summertime blues

 I'm gonna take two weeks Gonna have a fine vacation
 I'm gonna take my problem To the United Nations
 Well I called my congressman And he said, whoa
 I'd like to help you son But you're too young to vote
 Sometimes I wonder
 What I'm a gonna do But there ain't no cure
 For the summertime blues


 "Summertime Blues" written by Eddie Cochran, Jerry Capehart


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Eddie Cochran Memorial Album
"Eddie Cochran Memorial Album" by Eddie Cochran
1. C'mon Everybody 2. Three Steps to Heaven 3. Cut Across Shorty 4. Have I Told You Lately That I Love You 5. Hallelujah I Love Her So 6. Sittin' In The Balcony 7. Summertime Blues 8. Lovin' Time 9. Somethin' Else 10. Tell Me Why 11. Teenage Heaven 12. Drive In Show
Released on May, 1960


この「Summertime Blues」を、清志郎は見事に反原発の歌に化けさせた。
歌詞の中で、「37基も建っている」と歌っているが、それから17基増えたということだ。
そして、そこから4基が津波と地震で爆発し、残りの50基は、いったんではあるが今夜をもって、すべてはただの建造物となる。
反核・反原発がブームだった時代は、確かにあった。
それが十数年、忘れられていて、東日本大震災が起こった。
どうかこのまま、すべての原発が再稼働されないまま廃炉になるべく、キヨシローのように皆が声を上げ、或いは祈っていこう。
清志郎さんはライブ映像の中で、「ガンで死にたくねえ〜」と言っている。
彼は東日本大震災と原発事故が起こるよりも前に、ガンでこの世を去った。
ブルーズ、ソウルミュージック、プロテストソング、どんな名前でもいい。
歌は、世界と自分を繋げ、現在と未来を繋げるひとつのカタチだ。
ロックンロールとは、照れながら思い切り、正義を歌うことである。
ちなみに、国内のすべての原子力発電所が稼働停止するのは、ちょうどいま書いている1970年以来のことだ。


 暑い夏がそこまで来てる
 みんなが海へ繰り出していく
 人気のない所で泳いだら
 原子力発電所が建っていた

 さっぱりわかんねえ 何のため?
 狭い日本のサマータイムブルース

 熱い炎が先っちょまで出てる
 東海地震もそこまできてる
 だけどもまだまだ増えていく
 原子力発電所が建っていく

 さっぱりわかんねえ 誰のため?
 狭い日本のサマータイムブルース

 寒い冬がそこまで来てる
 あんたもこのごろ抜け毛が多い
 それでもTVは言っている
 「日本の原発は安全です」

 さっぱりわかんねえ 根拠がねえ
 これが最後のサマータイムブルース

 あくせく稼いで税金取られ
 たまのバカンス田舎へ行けば
 37個も建っている
 原子力発電所がまだ増える

 知らねえうちに漏れていた
 あきれたもんだなサマータイムブルース

  電力は余ってる 要らねえ
  もういらねえ
  電力は余ってる 要らねえ
  欲しくない
  原子力は要らねえ 危ねえ
  欲しくない
  要らねえ 要らねえ
  電力は余ってるってよ
  要らねえ 危ねえ


 「サマータイムブルース」原詞・曲:Eddie Cochran, Jerry Capehart 訳:忌野清志郎


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カバーズ
RCサクセション「COVERS」
1. 明日なき世界 (Eve Of Destruction) 2. 風に吹かれて (Blowin' In The Wind) 3. バラバラ (Balla Balla) 4. シークレット・エージェント・マン (Secret Agent Man) 5. ラヴ・ミー・テンダー (Love Me Tender) 6. 黒くぬれ! (Paint It Black) 7. サマータイム・ブルース (Summertime Blues) 8. マネー (Money) 9. サン・トワ・マミー (Sans Toi M'amie) 10. 悪い星の下に (Born Under A Bad Sign) 11. イマジン (Imagine)
Released on August 15, 1988


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    藍見澪 -Rei Aimi + Folksong Institute-
    「フォークソング」という言葉の意味を再定義し、日本のフォークやロックの歴史を研究、ひいてはすべての歌に繋げる実験・・・のつもり!

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