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第10回「実用性のある銃からモデルガンへ」の巻
日曜研究家串間努

空気銃とカスミ網の時代

広告 子どもがワナを仕掛けて、鳥獣を獲るということは、郊外、山間部の自然の豊富なところでは、戦前から昭和40年代にかけて行われていた。いまでは昆虫採集さえしない子どもたちであるが、ねばねばするトリモチや、カスミ網を使っての「狩猟文化」というのは、海や川での魚介類獲りとともに確かに存在していたのだ。
 小鳥を捕まえるには、細い糸で編んだ「カスミ網」というのを張ったり、射撃には空気銃を使っていたようだ。両者とも戦前から少年雑誌に広告がでている。空気銃は広告でみる限り大変高価なものであるから、たいていの子どもは買ってもらえなかったのであろう。昭和6年の「少年倶楽部」に広告掲載されている、BB弾(鼓弾)を使用する空気銃は三円五十銭もする。どう考えても現在なら万円単位の価値だ。木の枝でパチンコを自作していた少年たちの憧れの的であっただろう。

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 所持許可がいらなかった一部の空気銃は、銃砲店だけでなく鳥獣店で販売しているところもあった。実用的な「狩猟文化」が中心であり、ホビーとして銃砲を買うという空気はまだ醸成されていなかったのである。

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 それが一転してピストルやライフルの広告に変わってきたのが、西部劇の流行からこっちだった。もちろん、終戦後から「日本野鳥の会」が働きかけた、空気銃とカスミ網猟の廃止運動の影響でもあるだろう(昭和30年には狩猟法が改正され、実態はともかくカスミ網猟は禁止されている)。

西部劇の登場で意識変化

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 1960年(昭和35年)前後に、クリント・イーストウッドの「ローハイド」(NET系)、スティーブ・マックイーンの「拳銃無宿」(フジテレビ系)が開始された。名犬モノなど、それまでの子ども向けアメリカテレビ映画とは違い、西部劇はオトナにまで支持層を作った。西部劇の勧善懲悪ストーリーは、日本の時代劇やヤクザ映画の相似形であり、例え、歴史と風習が違うアメリカ西部地域の昔話でも、主人公への投影、弱者への思い入れがしやすかったのであろう。

西部劇とガン
西部劇とガン
西部劇とガン
西部劇とガン
西部劇とガン
西部劇とガン
西部劇とガン
西部劇とガン
西部劇とガン
西部劇とガン
西部劇とガン
西部劇とガン

 西部劇人気に呼応して、ハード面でもガン・ブームが起き、街の模型店や玩具店のなかにはガン販売の専門店に転業するところもでた。
 ということは、少年向け雑誌の広告にも拳銃が登場するということで、昭和35年以降は実用的な空気銃にかわって、愛玩的なピストルや西部劇関連商品(テンガロンハット・ブーツ・ホルスター・シェリフバッヂ)が銃関係の広告の中心となる。

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 これらの拳銃やライフルがこれまでのガン玩具と違うのはブランド名が大事であったことだ。ガンの玩具は、空気銃、水鉄砲、ピストル、百連発、輪ゴムてっぽうなどとよばれていたわけだが、それが、「コルト・ガバメント」や「S&W38チーフスペシャル」という特定のネーミングを持つようになった。大雑把な概念、分類ではなく、ひとつひとつのスタイルやファッション、機能に注目されるようになったのである。一種のオタク的な興味・関心が芽生えていたのだろう。オタクやマニアと、一般人の目のつけどころの違いは、一般人ならどれでも一緒と思うモノゴトに対して、微小な差異をみつけて、「違うもの」として認識する目や価値観を持っていることだろう。

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ガン玩具の隆盛と凋落

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 ガンの玩具が隆盛となったのは社会的背景もある。昭和35年の玩具の輸入自由化で、旭玩具製作所(後のアサヒ玩具)が海外のガン玩具の輸入を始めたのだ。
 同社は国産のガン玩具の出来が海外モノより劣るということで輸入をはじめたそうだが、戦後のピストルのおもちゃは実は少年雑誌の通販広告の常連であったマノック産業が逸早く手がけている。高橋良禎社長が設立した、コンドル工業株式会社がプラスチック製の銃『インディアンコルト』を発売したのがさきがけだ。同社は、昭和30年代に玩具銃業界のトップとなり、明光産業という販売会社や渋谷・新宿にガン玩具専門店を開店した。

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 うけに入るガン玩具であったが、西部劇ブームが去り、ガン玩具を用いた犯罪やイタズラが増大し社会問題化されると下火になっていった。
広告 昭和35年6月には『プラスチック製玩具ピストルは、精巧を極め実物に酷似しているので、児童がこれをギャング遊びなどに使用するおそれがある。犯罪に悪用される懸念があるから製造と取り扱いを禁止するよう……』との勧告書が北海道児童福祉審議会から発せられた。
 これを皮切りに多くの都道府県で、青少年保護育成条例により、有害おもちゃに指定された。
 しかし、専門誌も発刊されるなど、ホビーとしてのモデルガンはいまだ愛好家たちの間で根強く人気がある。昭和50年代あたりまでは少年雑誌の裏表紙の通販広告にはモデルガンの広告が掲載されていた。これはマンガの「ワイルド7」や刑事物ドラマが流行すると、それらのメディアとリンクしながら一定の需要は子どもたちの間で存在し続けていたからである。専門誌

書き下ろし


2004年1月30日更新


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