串間努
第5回「かぜ薬」の巻
昔、といっても昭和四〇年代前半のことだが、そのころの街の薬局は、店独自に薬を調剤していたような気がする。いまだって、いわゆるドラッグストアでなく調剤薬局に医師の処方せんを持っていけば調剤してくれるが、それとはちょっと微妙に違う。当時は、処方せんがなくても、口頭で「熱があってせきが止まらない」と薬剤師に症状を伝えると、店舗奥の調剤室にこもって、その薬局お手製の粉薬を調合し上皿てんびんで量り、薬包紙に包んで売ってくれたはずだ。その他、街の薬局自家製の調剤済み薬が売っていた。子ども用のせき止めはシロップだったし、その場で白湯を出して飲ませてくれた。人件費が安かったのか、法律がいまと違っていたのか(おそらく必要備品や無菌管理などの条件が厳しく、設備投資や講習を受けてまで……という感じが端境期にあったのでは?)、病人との密接なコミュニケーションが薬局にある時代であった。
私のウチはビンボーだったので、簡単な病気くらいでは開業医に駆け込むことをせず、薬局の売薬で治るものなら、それでいいという風潮が家の中にあった。
そんな中である日、親に頼まれて千葉市内の大手薬局に風邪薬を買いにいった。白衣を着た若い男の薬剤師さんに症状を告げると、ショーケースから箱を取り出した。「これなんかはいかがザンスか」それはオレンジの箱の『ルル』だった。知識としては、薬局が売薬を並べて売っていることは知っていたが、風邪薬はいつも台形に折り紙をした薬包紙の調剤だったので、できあいの薬をいざ出されてみると面食らってしまった。
「くしゃみ3回、ルル3錠ザンスよ」薬剤師はニコニコしながらコマーシャルを真似した。私は幼い頭で「ルルってのはしりとりに使えるな」と考えながら、「それ下さい」とお札を出した。しりとりで「る」は「ルビー」と「瑠璃」しかないのだ。家に帰って開けてみると更にびっくりした。ルルは粉くすりではなく錠剤だったのだ。苦い粉くすりはオブラートがないと飲めなかった私には朗報だった。
三共『ルル』は昭和二六年二月に発売された。一般の薬局で売っている風邪薬としては一番古い商品なのである。当初は赤い錠剤で二〇錠入りだった。ルルとはラテン語で「鎮める、病気を直す」という意味がある。昭和三一年には「くしゃみ3回、ルル3錠」のたった一〇文字の名コピーが生まれ、風邪薬の錠剤市場では不動の売り上げを誇った。中身については薬学の進歩により成分が向上したり、服用のしやすさを考えて錠剤が小さくなったりしている。また、昭和六〇年代に入ってからは「スイッチOTC」といって、医家向けの成分を一般向け医薬品に応用するようになった(要するに病院で貰う薬を買える)。
「胃腸薬もそうなんですが、ここ二、三年の薬の売れ方は、総合薬ではなく、症状別の商品が伸びています。ビタミン剤も目に効きます、肩に効きますというふうにですね」(三共株式会社)
昔は家にある常備薬を飲むという感じだった傾向が、いまでは、風邪を引いたらドラッグストアにいって自分自身にあったものを探すという動きに変わってきたらしい。嗜好の多様化で一家に1箱から、個人に1箱という時代になったのだ。ただ、即席カレーのルーがなかなか他社製品にシフトしにくいのと同じで、風邪薬も一度『パブロン』なら『パブロン』とブランドを決めたら、家庭内では違うものに変えにくい傾向があるそうだ。
「おかげ様で、ルルも親子二代のファンも多いようです」
冒頭に記したように昔は「風邪薬下さい」と薬局を訪ねると、薬剤師の先生が「これはどうですか」とおもむろにガラスショウケースの中から適宜なものを出したものだが、現在はドラッグストアの台頭で、消費者自身が複数の候補から絞りこむ時代だ。そのため、薬のパッケージに特徴を書いて、何に効く薬かをアピールしなくてはならない。セルフサービスの時代だから、情報収集や選択責任も個人に帰すようになった。知識がある人にとってはセルフで買うのは楽しいが、そうでない人は専門家の助けが必要だ。
今年はインフルエンザが大流行。なるべくなら単なる風邪でとどめておきたい。
今日も『ルル』は、昔ながらのオレンジ色のシンプルなパッケージで、薬局の風邪薬売り場を飾っている。
●毎日新聞を改稿
2003年3月13日更新
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