2011年6月アーカイブ

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「まぼろしチャンネル」の連載を引き受けたときから、いつか紹介したいと思っていたのが大船ラドン温泉。東日本大震災による原発事故があってから、ラドン温泉(放射能泉)の話題は丁寧に取り上げたいと思っていたが、思いがけずその機会は早くにやってきた。昭和47年の開業以来、長らく地域のレジャースポットとして愛されてきた同施設だが、なんと6月末日をもって閉館するというではないか! もう一刻の猶予もないのだ。

大船ラドン温泉があるのは横浜市栄区だが、戸塚区や鎌倉市との市区境にも近く、いわば町外れ。周囲には田園風景もまだ多く残る地域だ。隣接する定泉寺は「田谷の洞窟」で知られ、鎌倉時代に真言密教の修行の場として掘られた洞窟は、江戸時代に再び掘られた部分とあわせて全長1kmに及ぶという。現在公開されているのはその半分にも満たないが、曼荼羅や仏像などの彫刻に圧倒されるはず。いにしえの信仰に触れたあとは、温泉を楽しみたい。

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ステージ付きの大広間では、昼間からカラオケの歌声が響き渡る。来館者の年齢層は高く、大泉逸郎の「孫」などが流れるにいたっては、微笑ましい光景でもある。土日は演歌歌手を招いての歌謡ショー、平日は社交ダンス教室やビンゴ大会など、健康ランドの定番イベントを連日開催。リクライニングチェアが並ぶ休憩室、ゲームコーナー、マッサージルームなども備えている。家族やグループで訪れては、日がな一日を過ごす。レジャー施設ではかくありたい。

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浴室は時代遅れな印象を否めないが、開業当初の評判はどうだったのだろう。室内の大部分を岩風呂が占めるが、背丈以上あろうかという巨石を並べている。当時の価値観からすれば、贅を尽くしたと言えるだろう。お湯に身を沈めてみれば、目の前は中国の桂林か、はたまたベトナムのハロン湾か、という迫力。地下200mから湧出する黒湯の温泉を引いており、ジャグジーの勢いで泡立っている。これだけでも客を呼べるが、パンフレットの謳い文句は「滝のある温泉」。露天風呂は定泉寺の崖と間近に接しており、落差にして3mほど滝が流れ落ちている。崖には洞穴があって、注連縄で祀られているが、田谷の洞窟と繋がっているのだろうか。頭上は緑が覆い、山奥の温泉場を訪ねているかのような錯覚を受ける。

いよいよ、大船ラドン温泉のメインテーマである「医学の温泉 ラドン室」へ。
「ラドン温泉」「ラジウム温泉」を掲げる温泉地や温浴施設は各地にあるが、ラドンもラジウムも自然界に存在する放射性物質の名前。花崗岩などに含まれるラジウムが、自然崩壊の性質によって気体のラドンへと変化する。ラドンは呼吸や皮膚によって血液中に取り込まれ、新陳代謝の促進などに効果があるという。そして、ラドンから放出される放射線(アルファ線)は、微量であれば体内を活性化させる作用(ホルミシス効果)があるという。医学的に確立した理論はないが、放射能泉(ラドン温泉・ラジウム温泉)は療養泉として国内外で認知されている。

ガラス張りの室内には、大型の発生装置6台によってラドンが送り込まれている。ラドンは無色無臭だが、室内を閉め切っているがために、塩素消毒のツーンとした臭いが鼻を突くし、お湯につかっているとやがてのぼせてくる。1回につき5~10分くらい、その後1~2時間休憩し、1日2回くらいの入浴が望ましい。4~5日続けると効果がよくわかるというが、毎日通うほど暇ではないし、そもそも悪い症状を抱えているわけではないから......。ラドンもしかりだが、温泉は病気の特効薬ではない。忙しない現代生活から離れ、身も心も解放して過ごすことが、健康へのいちばんの近道だと思う。しかるにこの野趣あふれる環境、勝手気ままな空間は、神奈川県のオアシスだと断言できる。

壁にはラドンの概要や効能が掲げられているが、興味を惹いたのは以下の一文。
「1963年以降、日本ドクターズクラブの研究スタッフは、物理学や医学界の諸先生のご指導によりラドン発生装置を研究開発し、各地にラドン温泉センターを開業した」
ちなみに、1963年は日本が動力試験炉の発電に成功した年。

ラドン発生装置についてインターネットで検索すると、「ラドン開発事業団・日本温泉医学研究所」がヒットする。開発事業団の研究によって、1号機が開発されたのは1972年。直属の学術機関として「ラドン温泉医学会」の名が記されているが、この医学会こそが日本ドクターズクラブなのだろう。そして1972年といえば、大船ラドン温泉が開業した年。医療機関を含めると、ラドン発生装置を導入したのは全国で100施設にも及ぶというが、大船ラドン温泉はその火付け役だったと言ってもよいだろう。

あと数日で39年の歴史に幕を下ろす。原発事故によってラドン温泉は再び注目されたが、その矢先の閉館はとても残念。一時代を築いた施設として、長く記憶に留めておきたい。

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大船ラドン温泉
源泉/横浜温泉(ナトリウム-炭酸水素塩泉)
住所/横浜市栄区田谷町1459
電話/045-851-1526
交通/JR東海道線・横須賀線・根岸線大船駅西口よりバス6分
    「洞窟・ラドン温泉前」停前
    ※大船駅西口より無料送迎バスもあり
    国道1号線「原宿」交差点より大船方面へ。「田谷」交差点を北へ。
料金/大人1,500円、小学生900円、幼児520円
    夜間割引(17時以降)は800円
時間/10:00~22:00(休日は9:00~22:00)

※平成23年6月30日をもって閉館


リンク
ラドン開発事業団・日本温泉医学研究所
ラドン健康プラザ湯~とぴあ内のページです)

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房総半島で温泉といってもピンとこないかもしれないが、実は各地に温泉が点在している。たいていが小規模な宿として営業しているのに対し、「正木温泉」は日帰り入浴専業。近隣に温泉の宅配も行っているようだ。田園風景が広がる館山市郊外に位置し、訪れるのは地元住民か温泉マニアくらい。現地への目印はバス通りの角に立つ「神河鉱泉」の看板で、ここから先は田舎道を行く。ちなみに神河鉱泉は療養客専門で、正木温泉のさらに奥にある個人経営の施設。というわけで、他人様の看板を頼りに行けば、小集落の中に正木温泉が見えてくる。

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入口に大きな看板を出しているが、どう見たって田舎の農家。予備知識もなく訪れたら面食らうだろう。敷地は広く、手前には資材が散在する作業小屋、奥には和風建築の母屋、隣接して明らかに手づくりの建物。一見して何だかわからない建物こそが温泉施設で、勝手口のようなドアには「田んぼに出てきますので自由に入浴していてください。おひるにはかえりますから」という貼り紙。やはり本業は農業なのだろう。しかし田んぼの季節はとっくに過ぎているし、昼時もとっくに過ぎている。いつまで貼りっ放しにするのだろうか。

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受付を兼ねた茶の間には誰もいなかった。手づくりの木箱には「留守の時はこの中に代金を入て下さい。有りがとう御座いました。高梨」。茶の間と母屋との間が浴室へと続く通路だが、薄い壁にビニール波板の屋根。その延長の小空間が脱衣所で、男性側には大小2つの浴室がある。外から演歌を口ずさむ声が聞こえてきたので、声のするほうの扉を開けると、おじいさんは大工仕事の真っ最中。小さい方の浴室では窓が取り付けられようとしていた。訪問の旨をご挨拶すると、おじいさんは作業の手を止め、やおら一言。「シャワーはボタンをおっぺしてくださいよー」。

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かたい扉をようやく開けると、昭和にタイムスリップしたかのような浴室にしばしたじろいでしまう。市松模様のタイルと竹の壁。丸窓が赤線地帯のカフェーのようでもあるが、実はこの窓、飾りなので開かないし、ガラス代わりに塩ビ板を貼っている。浴槽内部はコンクリート仕上げで、その大きさは2帖ほど。黒褐色のお湯がなみなみと湛えられており、黒豆茶のようなにおいがする。療養には「朝夕2-3回」「7?- 15日-1ヶ月」が良いらしい。7日?と聞かれても困るのだが、藁をもすがる気持ちで訪れる客だって、たまにはいるのかもしれない。この浴室で唯一現代式なのが給湯器のパネルスイッチで、運転ボタンをおっぺす(=押す)と、しばらくしてシャワーからお湯が出る。浴槽の水を汲み出してはいけないし、水道水を浴槽に入れてはいけない。療養のためだ。

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風呂に入っていると、外からご婦人方の声が聞こえてきた。「留守の時は......」とあるが、やはりひと声かけておきたいのだろう。何度か呼ぶ声にようやく気づいたか、おばあさんが対応。「おじいさんはつんぼだから聞こえないよー」。ちょうど1年前に訪れたとき、隣接する茶の間のテレビが大音量だったことを思い出す。入浴客にも聞かせてあげようという配慮かな?と思ったが、なるほど耳が遠いのか。半日ないし1日を過ごすとなれば、この茶の間で休憩することになるのだろう。料理を持ち込む客などにいたっては、もはや家族同然か。

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この温泉の効能を、誰よりも信じているのはおじいさん。多くの人に療養してもらうべく、自らの手で建物の充実を図っている。建て付けの悪さだったり、隙間から漏れる明かりだったり、不器用であることは否めないが、それらは愛すべきことでもある。老後はこんなふうに田舎町でのんびりと暮らすのも悪くないな、そんな憧れがここにはあった。

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正木温泉
源泉/正木温泉(含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉)
住所/千葉県館山市正木3027
電話/0470-27-4614
交通/JR内房線館山駅よりバス「正木下」停徒歩15分
     国道127号線「那古」交差点より県道296号線で約1,100m
料金/1回入浴500円、半日600円、1日1,000円
     ※入湯税50円別途
時間/9:00~21:00、年中無休

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    シダ トモヒロ
    -Tomohiro Shida-
    大学時代より国内各地とアジア諸国をおもに旅する。また高校時代から同人誌や機関誌の編集に携わり、98年創刊時より「旅の雑誌」編集人。趣味は旅行、ビリヤード、野球観戦。

    ミニコミ誌HP:
    旅の雑誌ONLINE

    温泉&野球ブログ:
    旅は哲学ソクラテス

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