No.01 房総半島の田舎っぺ温泉へ

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房総半島で温泉といってもピンとこないかもしれないが、実は各地に温泉が点在している。たいていが小規模な宿として営業しているのに対し、「正木温泉」は日帰り入浴専業。近隣に温泉の宅配も行っているようだ。田園風景が広がる館山市郊外に位置し、訪れるのは地元住民か温泉マニアくらい。現地への目印はバス通りの角に立つ「神河鉱泉」の看板で、ここから先は田舎道を行く。ちなみに神河鉱泉は療養客専門で、正木温泉のさらに奥にある個人経営の施設。というわけで、他人様の看板を頼りに行けば、小集落の中に正木温泉が見えてくる。

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入口に大きな看板を出しているが、どう見たって田舎の農家。予備知識もなく訪れたら面食らうだろう。敷地は広く、手前には資材が散在する作業小屋、奥には和風建築の母屋、隣接して明らかに手づくりの建物。一見して何だかわからない建物こそが温泉施設で、勝手口のようなドアには「田んぼに出てきますので自由に入浴していてください。おひるにはかえりますから」という貼り紙。やはり本業は農業なのだろう。しかし田んぼの季節はとっくに過ぎているし、昼時もとっくに過ぎている。いつまで貼りっ放しにするのだろうか。

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受付を兼ねた茶の間には誰もいなかった。手づくりの木箱には「留守の時はこの中に代金を入て下さい。有りがとう御座いました。高梨」。茶の間と母屋との間が浴室へと続く通路だが、薄い壁にビニール波板の屋根。その延長の小空間が脱衣所で、男性側には大小2つの浴室がある。外から演歌を口ずさむ声が聞こえてきたので、声のするほうの扉を開けると、おじいさんは大工仕事の真っ最中。小さい方の浴室では窓が取り付けられようとしていた。訪問の旨をご挨拶すると、おじいさんは作業の手を止め、やおら一言。「シャワーはボタンをおっぺしてくださいよー」。

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かたい扉をようやく開けると、昭和にタイムスリップしたかのような浴室にしばしたじろいでしまう。市松模様のタイルと竹の壁。丸窓が赤線地帯のカフェーのようでもあるが、実はこの窓、飾りなので開かないし、ガラス代わりに塩ビ板を貼っている。浴槽内部はコンクリート仕上げで、その大きさは2帖ほど。黒褐色のお湯がなみなみと湛えられており、黒豆茶のようなにおいがする。療養には「朝夕2-3回」「7?- 15日-1ヶ月」が良いらしい。7日?と聞かれても困るのだが、藁をもすがる気持ちで訪れる客だって、たまにはいるのかもしれない。この浴室で唯一現代式なのが給湯器のパネルスイッチで、運転ボタンをおっぺす(=押す)と、しばらくしてシャワーからお湯が出る。浴槽の水を汲み出してはいけないし、水道水を浴槽に入れてはいけない。療養のためだ。

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風呂に入っていると、外からご婦人方の声が聞こえてきた。「留守の時は......」とあるが、やはりひと声かけておきたいのだろう。何度か呼ぶ声にようやく気づいたか、おばあさんが対応。「おじいさんはつんぼだから聞こえないよー」。ちょうど1年前に訪れたとき、隣接する茶の間のテレビが大音量だったことを思い出す。入浴客にも聞かせてあげようという配慮かな?と思ったが、なるほど耳が遠いのか。半日ないし1日を過ごすとなれば、この茶の間で休憩することになるのだろう。料理を持ち込む客などにいたっては、もはや家族同然か。

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この温泉の効能を、誰よりも信じているのはおじいさん。多くの人に療養してもらうべく、自らの手で建物の充実を図っている。建て付けの悪さだったり、隙間から漏れる明かりだったり、不器用であることは否めないが、それらは愛すべきことでもある。老後はこんなふうに田舎町でのんびりと暮らすのも悪くないな、そんな憧れがここにはあった。

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正木温泉
源泉/正木温泉(含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉)
住所/千葉県館山市正木3027
電話/0470-27-4614
交通/JR内房線館山駅よりバス「正木下」停徒歩15分
     国道127号線「那古」交差点より県道296号線で約1,100m
料金/1回入浴500円、半日600円、1日1,000円
     ※入湯税50円別途
時間/9:00~21:00、年中無休


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Author


    シダ トモヒロ
    -Tomohiro Shida-
    大学時代より国内各地とアジア諸国をおもに旅する。また高校時代から同人誌や機関誌の編集に携わり、98年創刊時より「旅の雑誌」編集人。趣味は旅行、ビリヤード、野球観戦。

    ミニコミ誌HP:
    旅の雑誌ONLINE

    温泉&野球ブログ:
    旅は哲学ソクラテス

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このブログ記事について

このページは、シダトモヒロが2011年6月21日 23:00に書いたブログ記事です。

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