12月某日 讃岐高松ニ飛ビ「ウドン」漬ノ三日ヲ過ス事
今回は「帝都」のハナシじゃないのですが……。暮も押し詰まった12月29日の朝早く、ぼくとヨメの旬公は羽田空港にいた。毎年この時期は山陰の実家に帰るのだけど、今回はその前に四国は香川県高松に寄り、それから瀬戸内海経由で帰ろうという計画なのだ。なぜ、わざわざ四国まで渡るかといえば、それは「うどん」のためである。7、8年前に高松に行ったとき、街角の立ち食いセルフうどんに入って、うまさと安さに衝撃を受けた。あとで考えると、そのころすでに、地元で出版され、うどんブームを巻き起こした『恐るべきさぬきうどん』(ホットカプセル)はすでに刊行されていたのだが、当時はまったく知らなかった。ここ数年、東京での「セルフさぬきうどん」出店ブームを見るにつけ、そのときの味が舌に甦ってきた。コレは高松まで行くしかない。
幸い、友人宅に泊めてもらえることになったので、二泊三日で、うどんを食べ歩くことに決めた。ミーハーに徹することにして、事前学習おこたりなく、『恐るべきさぬきうどん』全巻を精読し、持ち歩き用に『さぬきうどん全店制覇攻略本2003年版』も買った。これらの本を読むと、名店といわれるうどん屋の多くは、製麺所がその場でうどんを出すような店であり、町中から外れた場所に存在するようだ。どの店も「田んぼの中をつっきっていくと小さな看板があるからそこを右折」というように、笑っちゃうぐらい行きにくい場所にあるのだ。本来は車で回れるとイイのだろうが、ウチは二人ともペーパードライバーだ。考えた末、高松から金毘羅宮までを走るローカル電車「琴平電鉄」(琴電)の沿線で、歩いて行ける店にしぼるコトに決めた。おお、なんと綿密な行動予定であることか。
空港到着は10時。バスで中心部に移動するが、コインロッカーが見つからないので、最初の店までは大荷物抱えて歩くことになる。まずは、「菊池寛通り」の近くにある〈うどん棒本店〉へ。ココはセルフではなく、席に座って注文する普通の店だ。温かい麺に生醤油を掛けただけの「ぶっかけうどん」とおにぎりを頼む。おお、これこれ、この味だ。コシのある麺が一気に喉を通り抜けていく快感。そのあと栗林公園に向かって歩く途中、再開発が進行中の一角があり、「ナショナルスーパー」という古い建物が目に入った。もとは電気屋だったのだろうか? いまも細々営業している風情だが、気になる建物だった。栗林公園(「ナンでこんなに松の木ばっかりなの?」と旬公がボヤいた)を抜けて、県庁近くにあるセルフの店、〈さか枝〉へ。高校の食堂みたいなところで、客は注文したら、麺の入った丼を受け取って、自分でタンクからだし汁を掛けるのであった。ここもまたウマイ。これで150円なんだから、たまらない。初日はこの二店で終り。友人宅に向かう。
二日目は例の琴電うどん屋ツアーである。高松から金毘羅宮方面に向かう、ほぼ真ん中辺りに陶(すえ)という駅がある。駅を出て道路沿いにほぼ3分歩く。こんなところにうどん屋があるのかなあ、と不安に思った頃、〈赤坂製麺所〉という看板が見えてくる。入り口を入ると、そこはもう製麺所。おじさんに「ぶっかけ」と申告して、丼を受け取り、ざるの中のネギをはさみで切って掛ける。そのまま外に出て、駐車場のベンチに腰掛けて食べる。その開放感といったら、もう。いつもはヒトが並ぶほどの店らしいけど、年末だからぼくたち以外には一組いるだけだった。ちょうどイイ時期だったようだ。駅に戻る途中に、もう一軒見つけた。〈田中〉という店で、古びた店構えがなんとも。かけうどんにおでんの牛すじを食べる。琴電に戻り、せっかくだからと金毘羅さんの上まで昇る。久しぶりに運動した気分になり、また腹が減った。参道からちょっと外れた場所にある〈こんぴらうどん工場店〉へ。今度は高松行きの琴電に乗り込み、栗熊で降りる。製麺所の〈まえば〉。
壁に、ココの子どもが夏休みの宿題でやったらしい「うどんの研究」が貼ってあって、ほほえましい。
高松まで戻ると6時過ぎ。今回は古本屋には行かない約束だったのだが、琴電志度線の松島二丁目駅に〈讃州堂書店〉という店があって、電話すると開いているそうだ。一軒だけだからと旬公に頼み込んで、付き合ってもらう。入ってみると、かなり広い店。文学全集からマンガまで扱う典型的な地方の古本屋だが、筋のいい本が置いてある。「中山太陽堂」の社史など数冊買ってしまう。今回はうどん食うだけだから荷物は増えないという予定だったんだけど……。それから志度に出て、JRに乗り換えて友人宅に向かうが、地方の鉄道の乗り換えの悪さを計算に入れていなかったため、えらく時間が掛かって迷惑を掛けた。
翌朝は早めに出て、高松駅周辺のうどん屋を探す。大晦日だから(そば屋と違って)開いてない店が多い。〈味名登家〉と〈さぬきうどん駅前店〉に行くが、まあまあというところ。たった二日喰っただけで、舌がゼータクになったのか。高松からは瀬戸内線に乗らずに、宇高連絡船に乗ろうというコトになった。どうせ酔狂な旅なんだから、最後も酔狂で行こうというワケ。案の定、ほかに車の客が二組いるだけだった。ホントは、この船の上でもうどんを食べて、この旅を締めくくりたかったけど、売店自体がなかったのは残念だった。海を見ているうちに眠り込んでしまった。こんな年末の過ごし方も、なかなかイイものである。
2004年2月18日更新
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