田端宏章
第16回 タバコの王様ピース美術館 その1
私は、いわゆる「コレクション」というものをほとんどしていません。以前取り上げた徳用マッチも中途半端ですし、懐かし系のおもちゃや雑貨もほとんど所有していません。気に入った物があれば買うという程度で、きちんと系統だてて集めているコレクションアイテムはほとんど無いのです。
しかし、ピースの箱だけは8年ほど前から集めています。ピースの箱なんて言うと、「鳩の絵が描いてる箱をそんなに沢山集めてどうするんだ?」という声が聞こえてきそうですが、私が集めているのは鳩以外のピースなのです。
その昔、ピースには記念ピースというものがありました。何か行事があった時や、何かが始まってから何周年という節目の時に、いろいろなピースが記念として出されました。きっと、そのパッケージの面白さとバリエーションを売りにした企画だったのでしょう。最近よく見られる期間限定商品の先駆けともいえそうですが、この絵柄がじつにデザイン的に優れているのです。そんな箱の絵柄に惹かれて集めはじめたわけですが、その中から、とても素晴らしいデザインのピース箱をご紹介します。一度にすべてのコレクションを紹介できそうにもないので、何回かにわけて発表しようと思います。
「ミロのビーナス特別公開記念」(1964年発売)
1964年(昭和39年)にミロのビーナスは「来日」しました。そして、ビーナスがエーゲ海のミロス島で発見されたのと同じ日の4月8日に、東京・上野の国立西洋美術館で公開されました。高松宮殿下、池田首相夫妻、そしてフランスのポンピドー首相らが列席して、盛大な開会式が催された後、午後から一般公開されました。東京と京都での展示には、会期中170万人を超える入場者がつめかけたそうです。その記念に出たのがこのピース。たかが美術品の来日で記念たばこが出てしまうところに、当時の日本のゆとりある時代の空気を感じます。茶色に金の文字を刷り込んだシンプルなデザインが美しいです。
「マナスル登頂記念」(1956年発売)
1956年(昭和31年)の5月9日、日本山岳会の槙有恒会長みずからが指揮する日本登山隊がヒマラヤ山脈マナスルの初登頂に成功しました。頂上に立ったのは今西寿雄隊員とシェルパのギャルツェン・ノルプさんの二人でした。このマナスル登頂は戦後日本が次第に自信を回復していくステップのひとつだったようです。当時の社会科の教科書にも東京オリンピックと並んで取り上げられたそうです。色数の少ないマナスルの山のシンプルなイラストが新鮮です。登山隊の人々の省略された描写にもセンスを感じます。まるで切絵のようなシャープな絵柄です。こんなたばこだったら今でも買います。
「明治神宮遷宮記念」(1958年)
1958年(昭和33年)に明治神宮が遷宮された時のものです。遷宮とは、二十年に一度、御正殿を造替するお祭りのことで、その際に参道にある玉砂利も新しいものに変えるそうです。この白石は、伊勢市を流れる宮川上流の河原から、自然のままの汚れていない、きれいな丸い白石を持って来て御正殿のまわりに新しく敷きつめるのだそうです。これも神宮の荘厳さを金と紺の二色でシンプルに描き出した美しいデザインです。上の方にある雲の形も絶妙です。
「第三回アジア競技大会記念」(1958年)
1958年(昭和33年)5月に東京で行われた第3回アジア競技大会記念のピースです。昭和26年の第1回
アジア競技大会はニューデリーで行われました。 昭和33年には第3回アジア競技大会が東京で開催されました。東京オリンピックに先駆けること6年前、すでに東京で国際的なスポーツの祭典が行われていたのですね。日本の戦後復興を記念する出来事の一つです。そんなピースには円盤投げ(ローマ国立博物館蔵)と3の文字、そして4つの旗がデザインされています。ピースのロゴと円盤投げ像に濃い茶色を使用、地に敷かれた暗めのブルーなど、50年代のモダニズムを感じます。
「普通選挙40周年・婦人参政20周年記念」(1965年)
1965年(昭和40年)は、普通選挙40周年・婦人参政20周年という節目の年でした。普通選挙の歴史を少し。1924年(大正13年)の非政党内閣だった清浦奎吾内閣は、大臣のほとんどを特権階級の代表である貴族院から選び、国民の代表である衆議院を無視したため、内閣打倒を目指して護憲三派が結成されて第二次護憲運動が始まりました。中心となったのは高橋是清、犬養毅、加藤高明の3人で、新聞も三派を支持し、この運動は国民にも広がっていきました。
政党内閣を作り、普通選挙を実施することを約束した護憲三派は選挙で圧勝し、1925年(大正14年)、加藤高明内閣が成立しました。加藤内閣は公約通り、1925年(大正14年)に普通選挙法を公布します。しかし、女性の選挙権は認められませんでした。女性に選挙権が与えられるには、敗戦後の1945年(昭和20年)まで待たねばなりません。そんな歴史の重さを感じさせないデザインのピースには薔薇の花が添えられ、40と20の文字が踊ります。後ろには日本列島の形がデザインされています。しかし、デザイン的にはセンスが無くなりはじめています。そして、この数年後には記念物ピースはロングピースのご当地物にその座を奪われてゆきます。
というわけで、長くなってしまいましたが、次回も面白いピースを取り上げます。お楽しみに!
(たばた ひろあき 嫌煙家)
2003年4月21日更新
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