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名糖ホームランバー

第2回「名糖ホームランバー」の巻 串間努

名糖アイスクリーム 子どものころのささやかな希望だが、毎日アイスが食べたかった。
 「お腹をこわすぞ」と親に叱られながら、どうやって小遣いを工面してアイスを食べるかを考えていた。どうしても買えない日は友達がカップアイスを買ったとたん「フタ、ちょうだい」といって強奪し、裏側に薄っすらと産毛のようについたアイスをベロベロと舐めた。
 悪知恵も働かした。友人の編み出したワザはスゴイ。まず店頭のショーケースの中に、上半身を入れる。「どれにしようかな」と商品を選んでいるフリをして、歯でカップのフタを開け、冷蔵庫内で舌ですくって食べるのだ。食べ終わるまで冷蔵庫に顔を突っ込んでいるので「息がとてもくるしい」らしい。あとには空のカップが残るというワケだ。冷蔵庫の温度が低いと、舌がアイスに貼りついて取れなくなることがあるという危険なワザだ。

名糖ホームランバー(UFOプレゼント)  
名糖ビッグホームラン
名糖ホームランバースピードガン
名糖ホームランバー(UFOプレゼント)
名糖ビッグホームラン
名糖ホームランバースピードガン
名糖ホームランバー(UFOプレゼント)
名糖ビッグホームラン
名糖ホームランバースピードガン

 私の場合は名糖ホームランバーの「当たり」を作った。名糖ホームランバーは、角型のバニラアイスで、棒にささっている。食べ終わったあとの棒に「ホームラン」の焼印が押してあると、もう一本貰える。何度も挑戦するが当たりを引けない。ならば自分で「ホームラン」と棒に書いてしまおう。四歳の浅知恵で、家にあったマジックペンで棒に「ホームラン」と書き、ドキドキしながらお店に向かった。

当りがふえた 不思議なことにお店のおばさんは「当たったね」といってもう一本くれた。私には、してはいけないことをしたという意識はあったから、逃げるように裏道に行きあわてて食べた(その結果お腹を壊した)。
 おばさんが、子どもの稚拙な文字を見逃してしまうほど耄碌していたのか、清濁合わせ呑む豪傑だったのか、わからない。その場で叱らなかったり、親にいいつけなかったことの是非はどうだろう。その後、私はこの件でいい気になり、モラルを失った子どもになったわけではなかった。昭和四〇年代は、上手な「逃げ道」をみつけてくれる大人が、まだまだ近所にいたということだろう。

名糖ホームランバー 私の子ども時代に印象深い思い出を作ってくれた名糖ホームランバーは、昭和三〇年に日本で最初の市販のアイスクリームバーとして発売された。
 「それまでのキャンデータイプのアイスはジュースを凍らせたようなものばかりでした。デンマークからアイスクリームバーマシンを輸入した当社が、初めてミルクタイプのバーアイスを工業的に大量生産することに成功したのです。最初は『アイスクリームバー』という名前です」(協同乳業)

ホームランシリーズ 包み紙は当時の子どもたちに人気のあった野球をテーマにデザイン、三五年には巨人軍の長嶋選手を広告キャラクターに起用して、名称も「ホームランバー」に変えた。
 「銀紙で包んでいるのは防水性が高いこと、普通の紙よりも角がシャープに折れること、そしてアイス本体にくっつきづらいからです」
 白樺の棒に押した焼印が「ホームラン」だともう一本貰え、「ヒット」だと三本集めてもう一本と交換できた。この当たりくじが大人気を呼び、全国に広まっていく。価格は一〇円から三〇円、五〇円、六〇円と変化したが、味と製法へのこだわりは当初のまま。駄菓子屋が衰退したことで、五〇年代初頭には量販店向けの三〇〇円のマルチタイプ(一〇本が箱入り)も発売された。子どもが一〇円玉を握り締めてアイスを買いにいくことが少なくなり、お母さんがスーパーでまとめ買いをして与えるという現状があるのだ。もはや店頭で当たるかどうか一喜一憂することもなくなったのかと思うとちょっと切ない。

満塁ホームラン ところで「ホームラン」はどのくらいの割合で入っていたのだろう。そのことをたずねようと思ったが、やはり人生には知らなくてもいいことがあると思い、差し控えた。私たちはアイスボックスの中に入っているアイスのどれもが「当たり」だと信じて買っていたのだから。


2003年7月25日更新
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