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「蕩尽日録」タイトル


ライブハウス〈エッグマン〉  

3月某日 渋谷ノ夜、
音楽デ体ヲ埋メ尽ス事

南陀楼綾繁



 午後四時、ぼくは神保町にいた。といっても、今日は書店や古本屋が目的ではない。知り合いの音楽家に会うのである。でも、やっぱり待ち合わせは〈東京堂書店〉なんだけど(笑)。今日お会いする桂牧さんは横浜に住んでいるが、東京に出てくると時間の感覚が狂ってしまう、という浮世離れしたヒトである。普通に歌っていても裏声のような、彼の不思議な歌声はこういう生活の中から生まれてくるのかもしれない。

 向いのビルの地下にある喫茶店〈folio〉に入り、5月末に「オフノート」というインディーズレーベルから出る、桂さんの初のソロアルバム[牧]の音源CDを受け取る。ある雑誌にレビューを書くためだが、発売前のCDを先に聴かせてもらえるなんて初めてなので、体が震える。大切に聴こう。

 しばらく雑談したあと、桂さんと別れて、渋谷に向かう。いつもなら〈ブックファースト〉あたりに向かうのだが、体のスイッチが音楽モードに入ったせいか、すぐさま〈タワーレコード〉に足を運ぶ。最近あまりCDを買ってないので、ナニから見ていけばイイのか、迷ってしまうのが情けない。かつては音楽雑誌を数誌併読し、買いたいCDを常時チェックしていたのに、最近はもっぱら「衝動買い」専門だ。

 まず、丹念な編集で知られるライノ(Rhino)レーベルから出た、トーキング・ヘッズのベスト盤[once in a life time]を目の前にして、しばらく悩む。だって、コレはヨコのサイズが30センチぐらいある、超変型のジャケットなのだ。本みたいにハードカバーになっていて、端っこを輪ゴムで止めてある。で、その中のポケットに、CD4枚とDVD1枚が収まっているというシロモノ(ちなみに、買って一度聴いたら、もうジャケットの製本がコワレてしまった。ヘンに凝ったものつくるから……)。こんなの、どこに置いたらイイんだよ。海外のバンドで、トーキング・ヘッズとXTCだけはアルバム、シングル、ベストまで買うようにしているが、最近はちょっと怠け気味。7000円以上するけど、主要曲+未発表曲+プロモ映像で合計50曲以上入っているとなれば、買わずばなるまい。

 どうせカードで払うんだからと、最近存在を知った1970年代のひねくれポップユニット、スパークスの[スパークス・ショー]、LPは持ってるけどCD化を待っていた、梅津和時+原田依幸[ダンケ]、高田渡の名曲をカバーした渋さ知らズ[自衛隊に入ろう]などを買う。ポイントカードが一枚分、一気に溜まってしまった。ちょっと買い過ぎだなァ。

梅津和時+原田依幸[ダンケ]

 タワレコを出たあと、パルコの前で旬公と待ち合わせ。渋谷公会堂の方に歩く。今日はビジュアル系バンド(って、もう死語か?)のコンサートでもあるのか、それっぽい女の子たちが近隣を徘徊している。その前にあるビルの地下にあるライブハウス〈エッグマン〉で、これからライブを観るのだ。「EASTERN CABARET WORLD〜東から東へ」と題して、チェコのプラハで活動している「TRABAND」をメインに、日本側のゲストを日替わりで加えた6日間。今日はその最終日である。

 オールスタンディングかと覚悟していたら、思いがけず椅子席だった。全体が見える位置に座ると、そこに今回招待してくれたライターの渡邊裕之さんや、チェコ人で二年前から日本に住んでいるラデク(日本刀マニア)とその彼女がやって来る。久しぶりにチェコ語の歌が聴けるとあって、ラデクは愉しそう。友達と聴きにきたという、古本雑誌「彷書月刊」スタッフの江橋さんとばったり会ったりして、知り合い率高し。

 この日の日本側出演者は「ミンガ」。これはジャズプレイヤー早坂紗知(アルト&ソプラノ・サックス)の新バンド。早坂紗知は1980年代後半に「Stir Up!」というユニットをやっていた頃によく聴いていて、ほっそりとした体から発する野蛮ともいえるでっかい音にホレていた。「ミンガ」は、ヤヒロトモヒロなど3人のパーカッショニストがたたき出す変拍子のリズムに乗って、サックスが縦横無尽に駆け巡る、音のジャングルだった。最後の曲では、このイベントの日本側プロデューサーである巻上公一が飛び入りして口琴とスキャットを披露する。やっぱり巻上は「異人」だなあ。見ているだけで飽きない。エエモンみせてもらいました。

 「Traband」はボーカル(アコーディオン)、トランペット、チューバ、ユーフォニウム、バンジョー、ドラムという編成。普通だったら、ギターかヴァイオリンが入るところが、なぜかバンジョーなのがオモシロイ。ブラスバンドの編成なので、いわゆる「クレズマー」(ユダヤ系の音楽、ちょっと物悲しい、情緒的な感じがある)かなと予想していたが、もっと前のめりで攻撃的なバンドだった。短い曲をどんどん続けて、客を乗せていく。決して大入りとは云えなかったが、この場にいた聴衆は「Traband」の力強いリズムを体に浴びて、元気になっていった。最後にはメンバー全員がステージから降りて、フロアを練り歩く。彼らがあのまま渋谷の街に出て行ったら、ぼくも隊列についていったろう。そして、ハーメルンの笛吹き男に連れ去られたかのように、気がつけばプラハにいたりして。そんなフシギなことが起こりそうな、渋谷の夜だった。

ライブハウス〈エッグマン〉


2004年4月21日更新
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2月某日 初心ニ戻リ神保町ヲ回遊スル事
1月某日 渋谷カラ三軒茶屋マデ「本尽クシ」ノ一日ヲ送ル事
12月某日 讃岐高松ニ飛ビ「ウドン」漬ノ三日ヲ過ス事
11月某日 びっぐさいとデ「表現欲」ニツイテ考エル事
11月某日 三鷹ノ古本屋ニテ奇妙ナ本ト出会フ事
10月某日 谷中ニテ芸術散歩ヲ愉シミ、浅草デ「えのけん」ヲ想フ事
9月某日 新宿デ革命ノ熱気ヲ感ジ高円寺デ戦後ヲ思フ事
8月某日 一駅一時間ノ旅ヲ志シ中板橋デ「ヘソ踊リ」ニ出会ウ事
6月某日 上野ノ森ニテじゃずヲ堪能シ鶯谷ニテほっぴーニ耽溺スル事
5月某日 谷中ノ「隠レ処」カラ出デテ千石ノ映画館ニ到ル事
2月某日 ばすニ乗リ池袋ヲ訪レテ日曜ノ街デ買物シマクル事
12月某日 荻窪及ビ西荻窪ヲ訪レテ此ノ街ノ面白ヲ再認識スル事
12月某日 大学図書館ノ書庫ニ潜リ早稲田古書街デ歓談スル事
12月某日 六本木カラ高円寺マデ本ヲ求メテ一日旅行スル事【後編】
12月某日 六本木カラ高円寺マデ本ヲ求メテ一日旅行スル事【前編】
11月某日 晩秋ノ銀座デ裏通ヲ歩キ昔ノ雑誌ニ読ミ耽ル事
11月某日 秋晴ノ鎌倉ヲ優雅ナ一日ヲ過スモ結局何時モ通リトナル事
9月某日 渋谷カラ表参道マデ御洒落ノ街ヲ本ヲ抱エテ長征スル事
9月某日 小淵沢ノ夢幻境ニ遊ビ甲府ノ古本屋ニ安堵スル事
7月某日 週末ノ三日間、熱暑ノナカ古書展ヲ巡回スル事【後編】
7月某日 週末ノ三日間、熱暑ノナカ古書展ヲ巡回スル事【中編】
7月某日 週末ノ三日間、熱暑ノナカ古書展ヲ巡回スル事【前編】
7月某日 炎天下中ニ古書店ヲ巡リ、仏蘭西料理ニ舌鼓ヲ打ツ事
6月某日 W杯ノ喧騒ヲ避ケ、三ノ輪ノ路地ニ沈殿スル事
6月某日 昼ハ最高学府ニテみにこみノ販売法ヲ講ジ、夜ハ趣味話ニ相興ジル事
5月某日 六本木ニテ「缶詰」ニ感涙シ、有楽町ニテ「金大中」ニ戦(オノノ)ク事
4月某日 徹夜明ケニテ池袋ヘ出、ツガヒ之生態ヲ観察スル事
4月某日 電脳機械ヲ購入スルモ気分高揚セザル事


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