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日曜研究家串間努

アルマイトの弁当箱

第12回「アルマイトの弁当箱」の巻


 私は左下の犬歯が曲がっている。高校時代からずっとだ。ある日、弁当を食べていて、一かたまりのご飯を口に入れた途端、「ガリリ」とイヤな音がして、歯に激痛が走った。吐き出してみると、梅干しのタネが粉々になっていた。梅干し地雷が、ご飯の平野に埋設されているとも知らずに噛んでしまったのである。家に帰った私が母親に文句をいうと、「梅干しがアルミの弁当箱につくとフタが溶けてしまうから、埋めたのよ。気をつけて食べなきゃ」と言い放たれた。梅干しを入れないと夏場はご飯が腐りやすい。私は今後の事故を警戒し、梅干し埋設地点に黒ゴマをふりかけて注意を喚起してくれと頼んだ。 だが、これは母の間違った思い込みであった。アルミ弁当箱で六、七割のシェアを持つテイネン工業の話ではこうだ。
 「終戦直後は高級な材料がなかったのでジュラルミンの弁当箱がありました。ジュラルミンは強度を増すためアルミに亜鉛や銅を混ぜたものですが、耐腐蝕性に難があります。長期間使用していたら酸やアルカリと結び付きやすいのです。また、アルマイトはアルミに酸化被膜を施したものですが、当時の技術力が不充分だったことも考えられます。現在は純度が高いので梅干で穴が空いたりはしないでしょう」(同社取締役工業品部長)

 つまり、終戦後一時期の現象だったのだ。戦前生まれの母には当時の経験が刷り込まれてしまっていたのだろう。おかげで私は「母親が隠しておいた梅干しで歯を曲げた男」の汚名を着せられてしまった……。

アルマイトの弁当箱

 帝国撚糸織物株式会社としてスタートしたテイネン工業は、軍需工場時代に飛行機の脚や燃料タンクをジュラルミンで作っており、戦後、その材料を生かして米びつやふるいを生産し、家庭用品メーカーとなった。昭和27年には厚底の通称「ドカベン」を発売、また、アルミの弁当箱にオフセット印刷をする技術を開発した「絵付き弁当箱」は市場を席巻し圧倒的なシェアを確立した。おかずの汁もれを防止するため、フタにゴム製パッキングを付け、両サイドのローラーでパチンと留める「小判型安全菜入れ」を開発したのも同社だ。
 昭和45年には、「中学生用ブック弁当箱」を発売した。これまでの弁当箱はかさばり、カバンと別に持っていかねばならなかった。しかし、安全菜入れを角型にして内装し、ご飯との仕切り板をつけ、フタ横に箸入れを装着したブック弁当箱はスマートな長方形デザインとなり、教科書とともに学生カバンに入れられるようになった。大ヒットとなり「百貨店に行列ができた」ほど。
 基本的な設計は30年間かわっていないが、時代の流れに合わせてマイナーチェンジした部分がある。
 「年々、ご飯を食べる量が少食となり、昭和50年からおかず入れが大きくなる傾向にあります。デザイン的には昭和五十年代半ばに、花柄からポパイやアニメキャラクターへとファンシー化しています」

 そして、一番大きな変化は、弁当を新聞紙に包まなくなったことだろう。布製弁当カバーや、ビニールケースで包装するようになったのは昭和四十年代から始まっているそうだ。確かに、私が弁当を持っていった昭和五十年代には新聞紙に包んでくる同級生は一人もいなかった。空腹を満たす昼食の携行入れ物に過ぎなかった容器が、いまや持つ人のセンスが反映されるファッション商品となっている。いま、弁当箱のフタでお茶を呑むなんてダサイのだろうな……。
 
 アルミ弁当箱と比べて、色やデザインの面で自由度が高いプラスチック製弁当箱が台頭してきたのが昭和55年ころ。昭和六十年代には売上高でアルミ製を追い抜いた。
  「特に女性はアルミから冷たい感じを受けるのか、カラフルなプラスチック製を選択するようです」アルマイトの弁当箱
 とはいえ、弁当箱の品揃えに独自性を持たせたいと考えるお店に支持され、ブック弁当箱をはじめ、アルミ製もまだまだ健闘を続けている。

毎日新聞を改稿


2003年12月24日更新
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