第11回 『赤い靴』
日溜まりの公園で、暮れなずむ街角で、夜のしじまの中で、ひとり「童謡」を口ずさむ時、幼き日々が鮮やかによみがえる…。この番組では、皆様にとって懐かしい童謡の歌碑を巡ってまいります。今回は、『赤い靴』です。
『赤い靴』といえば、うら悲しい旋律と「異人さんに連れられていっちゃった…」という歌詞で、幼い日、歌っていて不安な気持ちにさせられましたが、平成元年に65万7千人余りの応募から決定された「次の世代に残したい”日本のうた・ふるさとのうた”ベスト100」を調べてみると、第12位に選ばれています。歌の雰囲気とは裏腹に、今も人気があるようです。この歌が発表されたのは、大正10年。作詞は野口雨情が、作曲は本居長世*が行いました。
『赤い靴』(『小学女生』大正10年12月号 に発表。後、第二童謡集『青い眼の人形』[金の星社 大正13年]掲載時に下記の詞に改められた)
作詞 野口雨情(のぐちうじょう、1882−1945)
作曲 本居長世(もとおりながよ、1885−1945)
赤い靴 はいてた
女の子
異人さんに つれられて
行つちやつた
横浜の 埠頭(はとば)から
船に乗つて
異人さんに つれられて
行つちやつた
今では 青い目に
なつちやつて
異人さんのお国に
ゐるんだらう
赤い靴 見るたび
考へる
異人さんに逢ふたび
考える |
|
この歌について、雨情は自著で次のように述べています。
「この童謡は、小作『青い眼の人形』の謡と反対の気持をうたつたものであります。この童謡の意味は云ふまでもなく、いつも靴はいて元気よくあそんでゐたあの女の児は、異人さんにつれられて遠い外国へ行つてしまつてから今年で数年になる。今では異人さんのやうにやつぱり青い眼になつてしまつたであらう。赤い靴見るたび、異人さんにつれられて横浜の波止場から船にのつて行つてしまつたあの女の児が思ひ出されてならない。また異人さんたちを見るたびに、赤い靴はいて元気よくあそんでゐたあの女の児が今はどこにどうしてゐるかを考へられてならない。といふ気持をうたつたのであります。ここで注意を申し上げて置きますが、この童謡は表面から見ただけでは単に異人さんにつれられていつた子供といふにすぎませんが、赤い靴とか、青い眼になつてしまつただらうとかいふことばのかげにはその女の児に対する惻隠の情がふくまれてゐることを見遁さぬやうにしていただきたいのであります」(『童話と童心芸術』大正14年 同文館刊)
この『赤い靴』の少女の像が、歌詞にゆかりのある横浜の山下公園の中に建てられています。以前ご紹介した『かもめの水兵さん』の歌碑は氷川丸のそばにありましたが、こちらは大桟橋寄りの場所にあります。像の傍らには歌詞と由来を書いた案内板も設置されています。
この歌にはモデルがあります。明治40年頃、雨情は北海道の新聞社に勤めていましたが、その際、「同僚の奥さんが、以前、娘を外国人の宣教師夫妻の養女に出した」という話を耳にしています。これが『赤い靴』の下敷きになりました。しかし、歌詞の内容とは異なり、モデルとなった少女はその後海を渡ることなく、明治44年に東京の麻布で亡くなっています。この後日談が判明したのは昭和50年代に入ってからのことで、今、少女を悼む像が彼女にゆかりのある各地に建てられています。
もし雨情が作詞の際に少女の消息を知っていたなら、名曲『赤い靴』が生まれることはなかったでしょう。
|
|
(参考 『青い眼の人形』)
*本居長世 もとおりながよ。作曲家。明治18年、東京生まれ。明治41年、東京音楽学校を卒業。同校授業補助を経て、助教授。その間、文部省邦楽調査掛を兼任し、長唄など三味線音楽の調査研究に当たる。歌曲と童謡を数多く手掛け、代表作に『青い眼の人形』、『汽車ポッポ』、『七つの子』などがある。昭和20年死去。享年60。
[参考文献 |
『定本野口雨情 第三巻』未来社 昭和61年 |
『定本野口雨情 第八巻』未来社 昭和62年 |
ドキュメンタリー『流離の詩 赤い靴はいてた女の子』静岡放送 昭和61年5月10日15時〜15時54分 放映 |
下中邦彦編『音楽大事典第5巻』平凡社 昭和58年] |
|
場所:神奈川県横浜市中区山下公園内(大桟橋寄り)
交通:JR石川町駅下車、徒歩約25分
*****************************
『青い眼の人形』(『金の船』大正10年12月号 に発表)
青い眼をした
お人形は
アメリカ生れの
セルロイド
日本の港へ
ついたとき
一杯涙を
うかべてた
「わたしは言葉が
わからない
迷ひ子になつたら
なんとせう」
やさしい日本の
嬢ちやんよ
仲よく遊んで
やつとくれ |
2003年12月22日更新
ご意見・ご感想は webmaster@maboroshi-ch.com
まで
[ああ我が心の童謡〜ぶらり歌碑巡り]
第10回 『靴が鳴る』
第9回 『紅葉』
第8回 『證城寺の狸囃子』
第7回 『かもめの水兵さん』
第6回 『箱根八里』
第5回 『赤い鳥小鳥』
第4回 『金太郎』
第3回 『荒城の月』
第2回 『春の小川』
第1回 童謡が消えていく
[ああわが心の東京修学旅行]
最終回 霞が関から新宿駅まで 〜霞が関から山の手をめぐって〜
第8回 大手町から桜田門まで 〜都心地域と首都東京〜
第7回 羽田から芝公園まで 〜城南工業地域と武蔵野台地を訪ねて〜
第6回 銀座から品川まで 〜都心地域と都市交通を訪ねて〜
第5回 日本橋から築地まで 〜下町商業地域並びに臨海地域を訪ねて〜
第4回 上野駅から両国橋まで 〜下町商業地域を訪ねて〜
第3回 神保町から上野公園まで 〜文教地域を訪ねて〜
第2回 新宿駅から九段まで 〜山手の住宅地域と商業地域を訪ねて〜
第1回 データで見る昭和35年
→ |