10月某日 北京カラノ賓客ト神保町古書店ヲ散歩スル事
北京から馬(マー)さんと陸(リック)さんが東京にやって来た。馬さんは女性の編集者、陸さんは男性のデザイナー。二人は夫婦である。彼らは香港の大手出版社「三聯書店」で働いたのち、数年前に北京のある「工作室」(出版社に代って書籍の企画制作を行なう、いわば編集プロダクション)に移った。ぼくは昨年8月に北京に行ったとき、お二人の世話になり、最先端の高層建築の中にある彼らの自宅にも案内してもらった。その二人が東京に来たんだから、せめてものご恩返しに神保町の古書店を案内するコトにした。
待ち合わせは銀座。七丁目の交詢ビル(先年取り壊され、今年10月に建て替えられた)の向かいにある、大日本印刷の「ギンザ・グラフィック・ギャラリー」。ここで現在、『疾風迅雷 杉浦康平雑誌デザインの半世紀』という展覧会をやっているのだ。日本を代表するデザイナー杉浦康平が手がけた雑誌は、1950年代の後半から現在まで40点以上にのぼる。今回は『遊』『エピステーメー』『季刊銀花』『噂の真相』など誌名を云えばたちまち表紙のイメージが思い浮かぶものから、『インセクタリゥム』『数学セミナー』のように初めて目にするものまでを一堂に集めている。ナカでも、1968年に創刊された『都市住宅』(鹿島出版会)のデザインにはぶっとんだ。『集合住宅物語』(みすず書房)などの著書を持つ植田実氏が編集長で、「都市」と「住居」に関する斬新な特集を組んでいる。杉浦デザインは、図面やシュールなイラスト、アメリカンコミックスなどの図版により、特集の意図を、ずばりと射抜いている。『遊』の3年前にこんな雑誌があったなんて! 一人でコーフンしてしまった。
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☆杉浦康平雑誌デザイン展の図録
(トランスアート発行、4500円) |
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そのうち、馬さんと陸さんが来て、再会を喜びあう。馬さんは日本語が上手だが、陸さんは中国語のみ。寡黙な質でもあるらしく、ニコニコとしている。丸ノ内線で御茶ノ水に出て、駿河台に向かって歩く。目指すは、東京古書会館。神保町に何度も来ているという海外の出版人もさすがにココまでは来ないから、連れて行くとかならず喜んでもらえる。ところが、馬さんは数年前、建て替える前の会館で古書展を見ているという。コレハアナドレナイ。今日は二階で、「本の街のガリ版展」が開催中。最初期の謄写版器材や、ガリ版の印刷物、孔版画作品などを展示している。ちょうど多色刷りの実演がはじまったところで、二人は興味深く見つめていた。
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☆ガリ版多色刷りの第一人者である佐藤勝英さんによる実演 |
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次に地下に降りて、古書展を覗く。陸さんは日本のグラフィックな本を集めているらしく、山積みになった画集や雑誌を丹念に眺めていた。外に出たときに、ナニを買ったのかと聞いたら、棟方志功が装幀した、谷崎潤一郎『鍵』(中央公論社)だった。馬さんが「彼は棟方が装幀した本を集めていて、この本も二冊目なんですよ」と云う。ぼくも気に入った装幀本を二冊買ったりしてるので、他人とは思えない。
そのあと、靖国通りの北側につい最近できた美術書の〈KEIZO〉、文学書の〈山猫屋〉など、古書店を数軒案内する。二人はどの店でも熱心に本を見ていたので、時間がたちまち過ぎていく。最後に映画書の〈矢口書店〉に連れて行ったあと、〈名舌亭〉で食事する。話題はここでも本のこと。今日の古書店ツアー、二人は楽しんでくれただろうか。その翌日、別の古書展で、棟方志功の展覧会カタログが安く見つかった。まだ日本に滞在している陸さんに手渡すコトにした。どんな顔して受け取るのかなァ。
2004年11月30日更新
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