小学校4年(昭和48年)のころだったか、担任の先生が「家からぞうきんを1枚持ってきなさい」といったことがあった。習字(書写)の時間に、墨汁で汚れた机や床を拭くためにだった。もちろん、普段の掃除の時間に床を拭くぞうきんは、各自が用意して洗濯ばさみでイスに止めていたが、その他に持ってきなさいという指示だ。私は母が「雑巾には木綿がいいのだ」と言い張るので、古いランニングシャツを大雑把に縫ってくれたものを持っていった。クラスの大半が古いタオルをミシンできちんと縫ってくるなか、薄くて、胴のくびれがありありとし、もともとは下着であったことがわかるぞうきんはとても恥ずかしかった。しかしもっとうわてがいた。Tちゃんが持ってきたぞうきんは黄色かった。しかも紙である。たちまち先生に告げ口するやつがいた。「先生、Tちゃんは紙持ってきました」うるさい奴である。まわりを見ない生真面目さは、ときどき他人に迷惑をかける。
先生は困った。教育的指導をすべきなのかどうなのか。Tちゃんのぞうきんは、テレビで宣伝している金鳥サッサである。製品として雑巾である。しかしこのころの常識は雑巾は布の素材であるべきだった。
このエピソードを大日本除虫菊株式会社(以下金鳥と表記)の上山久史常務に話したことがある。
「汚れにはチリ・ホコリの『ダスト』と、ガラスなどにベチャっと付いている『ダート』があります。サッサは『ダスト』を吸着するのに向いてますから、おそらく墨汁を拭くのは無理でしょう」と笑っていた。
金鳥サッサが発売されたのは昭和45年。大阪万博が開かれたこの年、大阪に本社を置く金鳥から、世界で初めての『化学ぞうきん』が生まれたのだ。
当時、金鳥の主力製品は、蚊取り線香を始めとする殺虫剤関連だった。虫に悩まされるのは夏。殺虫剤の消費のピークが夏場だけであることから、一年を通じてコンスタントに売上がある商品の開発が望まれていた。その候補として「今後、お掃除用品が注目されるのでは」と考え同社は、化学ぞうきんの開発を進めていた。当初は布で試作をしていたが、これが現在の紙製に変わったのには次のようなエピソードがある。
現社長の父である上山直武常務(当時の肩書き)が、昭和44年にブラジルへ殺虫剤の視察に行ったとき交通事故にあってしまった。日本に帰国して、同社近くの病院に入院し静養していたが、仕事熱心な常務は社員に試作商品を持ってこさせ、病室からあれこれと指示を与えていた。そのとき、看病のために付き添っていた常務の奥さんが、「何度も同じぞうきんを使うのはいやですね。紙にして捨てるタイプにしたらどうでしょう」と提案、その声を取り上げて布から紙へ素材を転換したという。まさに怪我の功名だ。
昭和45年の夏に広島でテスト販売をしたときには白い紙だったので、暑がりのお客さんがタオルと勘違い、「これ、いいな」といって顔を拭いてしまったこともある。そこで色を再検討することに。踏切や工事現場で見られる、黒と黄色の組み合わせが目立つことをヒントに、ホコリがハッキリとれたという感覚を得られるよう、紙の色を黄色に変えた。
ホコリを吸着するだけでなく、ピカピカのつやも出す『金鳥サッサ』は、家具・電化製品・楽器・自動車など、食品が直接触れるところ以外、ほとんどの場所で使える。高度経済成長下で家の中にモノがあふれる時代、『金鳥サッサ』が活躍する場所はどんどん増えていった。
通年商品のつもりであった『金鳥サッサ』だが、大掃除時期の需要や、冷たい水でぞうきんをゆすぎたくないという理由で、冬場に売上のピークが来た。思えば金鳥には季節商品が多い。春秋は衣替えで防虫剤の「ゴン」、夏は殺虫剤の「キンチョール」、冬は「サッサ」に加えてカイロの「どんと」だ。「四季のけじめがあってこそ、金鳥の日用雑貨があるのです」と上山常務は意義づける。
経営幹部の妻の一言から生まれた『金鳥サッサ』。聞けば、最初は棒状だった蚊取り線香を渦巻にしたらと、金鳥の創業者上山英一郎に進言したのも妻のゆきさんだという。金鳥の製品には細やかな女性の視点が生かされているのだった。
●毎日新聞を改稿
2004年8月30日更新
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