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散歩の途中に、石ころが敷いてある場所があります。娘は石ころが好きなので、「お~」といいながらしゃがみこみ、両手で石ころをはらいながら遊びはじめました。すると、下の方から小さな緑色をしたガラス欠片が、キラリと出てきたのです。思わず、子供の頃に、実家近くの海岸で、波に流されて角のまるくなった、色とりどりのガラスの欠片を、宝物のように、喜んで拾っていたことを思い出しました。「海岸に来たみたい」、そうつぶやきながら、ガラスを取り上げると、なんと、おはじきでした。それも、最近つくられたモノではありません。

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直径は約15ミリ。写真だとわかりづらいのですが、パーをした手が描いてあります。石ころにまじっていたために、細かい傷があり、パーも薄くなっていますが、運命の出会いだと思いました。だって、古いモノ好きな私でなければ、気にも止められず、ずっと石ころにまじったまま、やがて割れてしまったと思うのです。まさに、宝物を発見した気持ちになりました。それも娘と一緒にです。すっかり嬉しくなった私は、大好きなジュエリーショップのオーナーに相談したら、ペンダントトップにしてもらえるかな‥‥。なんて思いつつ、娘との散歩記念につれて帰ることにしました。

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家に帰ると、手模様のおはじき、あったよなぁ~と思い、探してみました。ありました。マーブル模様のおはじきに、手が描いてあります。カラフルな色と、いろんな形をしたおはじきには、グー、チョキ、パーが描いてありました。ひさしぶりに見たのですが、やっぱり可愛いですね。このおはじきは、数年前に石蹴りやおはじきを集めていた、同世代のK嬢の影響で、一緒に求めたモノでした。当時練馬にあった古道具・月天や、今はなき池袋骨董館で、よく待ち合わせをして、モノの話ばかりしていたっけ‥‥。

そうそう、"ガラス集めてみました"のびっきさんも紹介しておられたなぁと思い、さっそく検索してみると、ありました。拾ったおはじきと似ているのは、"変わった、おはじき"の中で、2番目に紹介してあるモノです。もちろん色は違いますし、こんなに状態もよくありませんが、足のような手が描いてあるからです。マーブル模様のおはじきも、"ジャンケンおはじき"として紹介しておられました。 

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そういえば、落ちている(?)モノつながりで、最近意識したモノがあります。近所の木造家屋が、どんどん解体されてるのです。解体途中の現場に、以下のような古い壺が置いてあり、見るからに古そうなので、手に取ってよく見たいなぁと思い、業者の方に尋ねようかと悩んだのですが、お忙しそうなのでやめました。けれど、古くからこの地に建っていた、大きなお家でした。解体される前には、書籍や古物などを引き取る業者さんも入っていたほどです。仕方がないこととはいえ、まわりにあった大きな木々もなくなりましたから、また街並みが変わります。少し寂しいです。

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キューピーさんって、本当に赤ちゃんの体型をうまく表現しているなぁと、しみじみ思ったのは、子供を産んでからです。お腹の曲線といい、顔のぷっくりしたところといい、おでこの感じといい、まさにそのとーりって感じです。今回ご紹介するキューピーの文鎮も、ご覧ください。なんて、可愛らしいのでしょうか。膝にのせて左手で持っているのは懐中時計ですが、文字盤部分は方位磁石になっています。底には「MADE IN JAPAN」の文字がありますから、輸出用につくられたのでしょうか。実に凝った文鎮なのでした。

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このキューピー、数種類あるそうですが、私が持っているのは、この子だけです。アンチモニーでつくられたモノって、色がない分、怖い感じに仕上がっている場合が多いのですが、このキューピーは、つくられた職人さんがお好きだったとしか思えないほど、可愛らしい仕上がりだと思います。小さな右手を広げて、お腹をさわっている姿も、可愛らしい。娘もよくそんな仕草をしています。

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つくられた年代ですが、『20世紀我楽多図鑑』(北原照久著 PARCO出版発行)の中では、同じシリーズの文鎮で、横になったキューピーが、1930年代のモノとして紹介してあります。また、TIMEKEEPER 時計ドットコムの中でも、大正から昭和初期のモノだろうと、ていねいに紹介してあります。参考になさってください。

  

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9月最後の日曜日に、夢の島熱帯植物館へ行ってきました。正直いうと、植物館や動物園って、子供ができるまで、意識して行こうって気にはならなかったのですが、子供が歩くようになると、この類の施設って、本当にありがたい存在だと、あらためて思いました。この日も、ハロウィン前ということで、入口の芝生の上に、大きなカボチャがゴロゴロ置いてあったのですが、娘は大喜び。まわりの子供たちを見ながら、同じようにたたいたり、登ったりしています。館内にもハロウィン用に、帽子や洋服などが置いてあり、自由に着て写真撮影ができるスペースまでありました。親子で楽しそうに、撮影会をしている様子を眺めながら、うちも娘が嫌がらなければ、撮影したよなぁと思ったりして‥‥。それにしても、ハロウィンって、今まで意識していませんでしたが、これからは、季節の風物詩(?)として、とらえていくことになるのでしょうか。

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両手をあげて、バランスをとりながら、芝生の上を楽しそうに歩く、1歳4ヶ月の娘です。このヨチヨチ歩きが見られるのも、わずかな期間だと思うと、しんみり眺めてしまいます。

 

vol.40 悲しき熱海~赤線跡徘徊・後 - 昭和迷宮物件

【前編はこちら】

中央町の路地を抜け熱海街道の車通りの向こう、西洋風の明らかに周囲から浮いた異様な外壁を纏った建築が鎮座していた。
40_01.jpg 現在は熱海第一交通というタクシー会社が入っているようで、1F部分はぶち抜かれてタクシーが洗車などをするスペースになっているが、丸窓跡なんかが残っていて、そういうところにホースをかけたりしているのがなんとも可笑しい(人が生活してたので写真がなく申し訳ない)。
40_02.jpg 2F部は事務所として使われているのかわからないが、外から見ると形状は殆ど残されている。窓ごとの上部半円と屋根の看板部分の模様がリンクしている。ここも半円の中に意匠があったりはしないから、やはりそこがこの土地の特徴なのだろうか。
40_03.jpg 2Fへと上がる入口上部ガラスにロゴのようなものと電話番号が吹きつけてあるが、熱海第一交通の前のものだろうか。
40_04.jpg 建物裏手からみると躯体は昔ながらの木造家屋というのがわかる。木製の手すりが黒光りしている風合いがいい。

熱海第一交通の裏側から路地に入る。
古くからの床屋が残っていたり、湾曲して飛び出た窓部分に強引に青いトタンで隠したものがあったりと路地歩きとして飽きない。
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海側に抜けると国道135号。渡った先が渚町となる。
こちらにもスナック街が広がっているのだが、一昔前の、というよりリアルタイムでカタギでない空気が漂っている。北上した先に風俗店が点在しているからだろう。
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40_08.jpg こっちまで来ると、古そうなスナックが並ぶ町並みに出会える。まさしく昔からの水商売の街角といった雰囲気。
その中の一つにTHE私娼跡ともいうべきインパクトありすぎの物件が浮きまくっていた。
40_09.jpg もう写真の通り、何の説明も要らないだろうが、2Fのバルコニーの松にくり貫かれた感じに、手摺部分が波打っているのがすごくいい。きっとこんな建物が連なっていたんだろうなぁ。

これだけの物件が発見できれば大収穫だろうと、帰途につこうとしたら、あらら、目の前にホテル?アパート?中途半端な高さの廃墟がドカンと鎮座していた。
40_10.jpg 錆び具合や植物の繁茂の仕方が廃的にキているが、ダクトの走りっぷりが余計それを助長している。なかなかの圧迫感がある。つい見入ってしまった。

もう十分だろうとデジカメの残量もこの先を考えると心配になってきたので切り上げることにした。再び国道135号に戻り銀座に入ると、ふと足元が気になった。
踏んでいるマンホールを見ると、なんと温泉マークが!
40_11.jpg 今日の路上観察を招いてくれたようで嬉しくなった。いい感じで〆ることができ、足取りも軽く熱海駅へ向かった。

【終】

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