東京都板橋区の最近のブログ記事

さて今年も拙ミニコミ同人誌の新刊の季節がやってきた。
遅くなってしまったが、今度の夏のコミケに受かったので、コチラでも告知を。
8/11(日)東 R-53a ガキ帝国 @東京ビッグサイト
新刊はこのクソ暑い中、東京近郊のこってり背脂ラーメンばかりを食べ歩いた、背脂番付がメインで、それと恒例のイベント限定本(川越の廃線跡が出来たらやりたい)と、春新刊コピー誌の再版を予定。

というわけで、夏コミ前に多摩湖レポを再開したいと思っているが、その前に小ネタとして、街角で偶然発見したあるものを紹介しておく。
実は先日、お肉屋さんの前に現存していたムーバー(薬局の前なんかにあった、10円で3分くらい動く子供用の電動乗り物)のことを、自分のB食ブログでUPしたのだが、
【肉のやまとや@上板橋~ヤマト君の気持ち】
実はここからそう離れていない場所にもう1台、現役のムーバーを発見したのだ。

61_map.jpg 場所は東武東上線のときわ台駅と上板橋駅のちょうど中間くらいのバス通り。
61_00.jpg アクアセゾンという銭湯の前に区立水久保公園があるのだが、この通りを挟んだ向かい、常盤台三丁目郵便局に郵便配達の赤バイクを模したムーバーがあるのだ。
61_01.jpg ウルトラマンや新幹線、それこそヤマト君のようなスポーツカーといった時代を彩った子供の憧れの的がモチーフとなるケースがこうしたムーバーには多いと思う。専門ではないので実際の出回り具合を調べたわけではないが、郵便配達のバイクというのは珍しいのではないだろうか。
61_02.jpg しかし子供が憧れる、いわゆる「はたらくクルマ」という意味では正解なのかもしれない。
61_03.jpg 電源が入っているので現役で動作すると思われるが、果たして今の子供がコレに跨るのだろうか。
先日、川越のまるひろデパートの屋上遊園地に赴いたところ、子供は嬉々として遊具に乗り込んでいたから、きっと今でも子供の人気者なのであろう。そうであってほしい。

どうあれ実際、そう稼働率が高いとも思えず、電気代諸々考えたら見合わないと思うのだが、それでも地元の郵便局のシンボルとして設置し続けている、おそらくは局長であろう方の、その心意気に精一杯の拍手を送りたい。
【了】

   

拙ミニコミ同人誌の11年夏号『戦跡商店喰い』【詳細】が委託先数店舗に数冊あるのみとなったので、お買い逃しなく【取扱書店一覧】!記念として、食べ歩きブログの方に水神湯(東京都板橋区仲宿50-1)という平成23年11月30日に廃業してしまった銭湯を紹介させて頂いた。

デウスエクスマキな食卓:
【水神湯@仲宿~惜しむらくも廃業、宿場時代の影を落とす名銭湯!】
img59_01.jpg

コチラは、現在マンションが建設されているのだが、明治期に駐屯していた憲兵隊の跡地らしく、銭湯内の敷地の壁が煉瓦になっている。
img59_02.jpg 前回記事の秩父ではないが【vol.58 参照】、この界隈には嘗て妓楼が存在していた。商店街の路地裏にある医院の外壁が煉瓦で、伊勢孫楼という妓楼の名残という。これもいずれ詳しくレポートしたいが、こうした痕跡が残っているため、水神湯の煉瓦壁も妓楼跡かと思った。
img59_03.jpg いたばし観光センターにいらっしゃったボランティアの方に伺ったところ、なんとこの煉瓦壁の存在を存じ上げなかったのだが、明治期の小地図を出して下さり、照会してみると憲兵隊の営門跡ではないかと思うに至った。
img59_04.jpg モチロン、銭湯自体が古典的な宮造の昭和レトロを地で行く素晴らしい建築だったし、煉瓦壁含め取り壊されてしまったことが惜しまれるが、こればかりは致し方ない。
img59_05.jpg せめて、ここに記録を留めておくとしよう。
img59_06.jpg 合掌【了】

   

基本的に祭りが好きだ。
といってもお神輿担いでワッショイではなく(それも嫌いではないが)、テキヤの屋台がズラリと並ぶ類を指す。
中島みゆきに「まつりばやし」という歌があるが、祭りの輪に入れず(というか意図して入らず)傍観者として愉しんでいるポジションがよく描写されていると思う。

さながら、“運動は苦手でもっぱら見学だが、同級生とやんやするのが嫌いじゃないので、校庭の隅での体育座りをして眺めている”的スタンスとでも言おうか。初めて聴いた時「オマエはオレか!?」と思ったものだ。
曲の舞台は恐らく夏祭りで、テキヤの並ぶ光景は花火大会や盆踊り、七夕祭りを想像されやすいと思うが、自分にとって最も愛すべきテキヤ祭りは年末の酉の市の類なのだ。
吉原の鷲神社や新宿の花園神社で行われる11月の酉の日のものが有名だが、そうした酉の市以外にも多く熊手が売られる市がアチコチに立っている。自営をしている都合上、店に熊手を祀る目的もあるのだが、
【結構人ミルクホール:熊手、昨年もお世話になりました】
折角なら色んな場所の酉の市を見てみたいと、可能な範囲でアチコチに出向いている。
このブログでも過去、毎年12/15に催される川口のおかめ市について少し触れたが、
●川口のおかめ市ついでに 2010年12月25日
手前のB級グルメブログでも何度か紹介させてもらった。

吉原の鷲神社酉の市横浜橋の大鷲神社酉の市
浦和の十二日まち大宮の十日市(とおかまち)蕨の和楽備神社酉の市
川口のおかめ市:04年06年10年

以上はここ10年くらいに赴いた代表的なもので、これ以外にもいくつか足を運んでいるが、昨年12年末は初めて、立食いそば屋に立ち寄ったついでに、
【デウスエクスマキな食卓:牧丘@西台】
板橋区西台の熊手市に詣でてみた。

img51_01.jpg 都営三田線の西台駅から南へ徒歩5分チョット、首都高と交錯する歩道橋の裏手に善長寺がある。
51map.jpg この境内と南側を東西に伸びる細い路地200m程の区間に凡そ百軒の屋台が並ぶ。
img51_02.jpg ここは武蔵野台地の崖線に沿うような線形を辿る道。崖に沿って削った様な線形なので、ただでさえ道幅が狭い所の山側に屋台が並ぶものだから更に道幅が狭まる。そこにきて若干道がウネっているからさぁ大変。夕方ともなると浮き足立った学生やらで寿司詰め状態となる。
img51_03.jpg 年末の冷たい空気の中、身体を縮こませ、ジャンパーのナイロンとナイロンが擦れる音の中、白い息を吐きながら人並みに身を任せてこその祭り。なんともトリップ感のようなものを覚えてならない。

屋台が並ぶ道から善長寺に入ると参道に人の列ができている。
img51_04.jpg 善長寺の参拝客かと思い、脇から善長寺を眺めると、列は更に奥に伸びている。どうやら熊手市の参拝は境内の端にある神社で行うようだ。
ならばと自分も列に加わる。
列が進むと両サイドに熊手が売られている光景が目に飛び込んでくる。
img51_05.jpg 見慣れた屋号も目にするが、初めて見る屋号も多い。この地区の熊手市は初めてだが、エリアによって縄張りがあるのだろうか。
img51_06.jpg 遅々としつつも進みながら熊手を眺めつつ思ったのだが、こんな町の外れの小さな規模の市に溢れんばかりの人がどうして詰めかけるのだろうか。都心の酉の市でも、巣鴨や西新井の納めの大師などは寂しくなるほどの人手だ。しかもこの熊手市は酉の市公式サイトのリンク【東京都内の酉の市】にも掲載されていないにも関わらず、だ。
地形的に少々アクセスが悪いから、逆に地域信仰が根強く残っているのかもしれない(ちなみに近くを通る環状八号線が武蔵野台地を貫いて全線開通に至ったのが2006年とつい最近のこと)。周囲には大きな神社(天祖神社・北野神社など)も多く、初詣に赴いてみたが、その賑わいと立派さに驚かされた。
img51_07.jpg 列はさらに進み、いよいよ神社に近づいたが、本当に小さな祠というくらいのもので、またも驚かされた。
img51_08.jpg 内部は写真に収めなかったが、近所に畑も多いこともあってか、採れた野菜が奉納されている様がなんとも微笑ましかった。

更に増える学生の波に飲まれつつも、時間をかけて喧騒を脱し、家路につくのだった。
屋台としては定番のものばかりでコレという特筆すべきものはなかったが、地元に根付いた本当の意味での祭り・信仰の、下駄履きというべき等身大のあるべき姿に触れられて、なんだか嬉しくなってしまった。
大きな酉の市もいいものだが、小さくても活気に溢れるものも一興であると気付かされた。まだまだ酉の市リンクに載っていない小さな市がアチコチにあるのだろう。これからも巡って行きたい。
【了】

   

だいぶご無沙汰してしまったが、先日、昨年訪れた石神井川沿いの桜を今年も花見と洒落こんだので、拙ミニコミ誌11年夏号『戦跡商店喰い』で取り上げた板橋区加賀の陸軍工場跡地の補足も兼ねてレポートしたい。

板橋区の加賀という地はその名の通り嘗て加賀藩の下屋敷のあった土地で、金沢など石川県に因む名が随所に残っている。
43_01.jpg 明治以降にその7割方が軍用地となり、未だ往時の痕跡を色濃く残しているが、特に石神井川沿いは、川の水力を使って弾薬に用いる火薬を磨り潰す圧磨機を回していたので、転用された火薬工場跡が多く残っている。

場所は都営三田線の板橋本町近くにある、板橋の名前の由来となった板の橋から、JR埼京線の十条あたりまで続く石神井川沿いに、満開の桜がしだれかかる。
43_02.jpg

43_03.jpg

途中途中にある公園では控えめながらボンボリが掛かり、一応花見宴会も盛り上がるようだが、基本、川の沿道は宴会が出来るような雰囲気ではなく、道行く人々もまばらで、ゆっくりと間近に桜が鑑賞できる。
43_04.jpg 都内でも数少ない、のんびりとした静かな桜鑑賞スポットとして、実に穴場だと思う。
43_05.jpg 花に見とれていても、その隙間から覗く歳月を経て黒ずんだ煉瓦塀がいくつも、嫌でも目に付く。
43_06.jpg 中でも加賀橋の袂にある旧火薬庫跡、歯科技工専門学校の一部校舎は、南国趣味の樹木と共に、そのコンクリートの黒ずんだ迫力は一際迫力を増している。煉瓦塀とはまた違った存在感だ。

43_07.jpg

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43_10.jpg

昨年取材時はその外観だけだったが、今回の記事では内部もお見せしよう。
内部は改装され、卓球台などが並んでいたので、専門学校の体育館かレクリエーション施設となっているようだが、一部自転車置き場だけ往時の姿が残されていた。
43_11.jpg チープな表現で申し訳ないが、戦争映画のセットの如く、市民が非難していそうな空間だった。
43_12.jpg 焼けただれた肌のような壁面を窓からの明かりが照らす空間。
43_13.jpg 先ほどの満開の桜とは真逆のような、ひんやりと冷たい空気が充満していた。

しかし桜でさえ、梶井基次郎ではないが死体を連想させる妖気のような、一種、負のイメージがまとわりつくから、あながち戦跡とは相反するとも言いがたいかもしれない。
宵闇に浮かび上がる火薬庫跡をバックに夜桜見物もまた感慨深いかもと、なんだか思えてきてしまう。
爆弾は檸檬ではなく本物の弾丸だったわけだ。

   
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    刈部山本-karibe yamamoto-
    自営の珈琲店でスペシャルティ珈琲のドリップやケーキの仕込みに追われる傍ら、路地裏や廃スポットを徘徊してはB級グルメを貪る日々。B食+路上観察を纏めたミニコミ(同人)誌を年2回定期刊行。

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    …旧サイト連載:ラーメンを巡る路上観察紀行

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