当たり役、風車の弥七・中谷一郎
今日もまた くるくる回る 風車
行きつけの浅草のそば屋、翁そばで彼の書いた色紙を見たことがある。確かこんな文面であったと記憶している。テレビの人気番組「水戸黄門」で、風車の弥七を長く演じた中谷一郎が、04年4月1日他界した。
「水戸黄門」の見所は多くある。ハイライトは、8時45分頃の印篭登場のシーンだ。それ以外にも、由美かおるの入浴シーンを楽しみに待つおとっつあんも沢山いる。また弥七の風車に付けた文を見て、悪役の動静を知る黄門一行の姿も見せ場の一つであろう。
52年に早大を中退までして、俳優座養成所に入った。どうしても演技者の道に進まんとする、若者の熱い思いがあったのではないか。「森は生きている」で初舞台、「巨人伝説」「リア王」でも注目された。
だがこの人の真価が発揮されたのは、映画に顔を出すようになってからだ。59年「独立愚連隊」(岡本喜八監督)以来、多くの映画やテレビドラマで顔を売った。個性的な悪役を演じると、この人ならではの味を醸していた。
京都太秦の東映撮影所を何回か訪問したことがある。父とも行き、母や息子と行ったこともある。ある年の陽春には、会社の後輩S君と行った。黄門役の西村晃、助さん役の里見浩太郎らが撮影の合間に休んでいた。中谷一郎も、弥七の扮装で近くにいたが全く物静かな人物で目立たない。S君が厚かましく近寄って、「僕、弥七さんのファンです」と、記念撮影をねだっても嫌な顔ひとつせず応じてくれた。シャッターを押したのは私だ。
初代の東野英二郎から、五代目の里見浩太郎まで黄門役者は多い。助さん、格さんも多くの役者が演じている。だがうっかり八兵衛と、風車の弥七は只一人だ。鮮やかに風車を投げる弥七の姿は、永遠にファンの脳裏に焼き付いていることだろう。
生 昭和5年10月5日
没 平成16年4月1日
出身 北海道札幌市
本名 中村将昭
昭和27年俳優座養成所4期生として入る。同30年卒業と同時に俳優座に入団。のち映画、テレビで性格俳優として存在感を誇示した。
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2005年8月1日更新
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