2013年2月アーカイブ

多摩湖といえば、
♪東村山ぁ~庭先ゃ多摩湖ぉ~

の志村けん「東村山音頭」で有名だが、正式名称は村山貯水池。多摩川の水を東京都心へと引くための中継点、つまり貯水池として戦前の昭和初期、1916~27年の間に作られたのだが、現在首都圏の水の殆どは荒川と利根川の水を利用しているため、防災用というかサブ的なポジションに甘んじている。
多摩湖の詳細や魅力は専門の素晴らしいサイトがあるのでそちらに譲るとして【多摩湖のページ】、当ブログ的には多摩湖周辺の近代化遺産を筆頭とするステキ建造物の数々を巡って行きたい。なにせ歴史がありつつも半ば置き去りにされた感も漂うスポット、つぶさにみていけば幾らでも周辺文化に見どころが落ちていよう。
というわけで、2007年と古くなってしまったが、多摩湖を巡った記録を残しておこう。

巡るといっても1周約22km、とてもじゃないが徒歩での走破は厳しいということで、レンタサイクルという手を使うことに【こだいらネット|和田輪業】(当時100円/1hだったか…要確認)。
53_01.jpg 小平駅前の自転車屋さんで時間貸しをしてくれる。幸い、小平から多摩湖までは多摩湖自転車道がほぼ一直線に続いている。全長約10kmとちょっと距離があるが運動と思って割り切るしかない。
53_02.jpg 実際に走ってみると、武蔵野の草木香るサイクリングロードは実に気持ちよく、あっという間に多摩湖の最寄り駅となる西武多摩湖線の武蔵大和駅まで来た。
この手前に、今で言えばご当地B級グルメとなるだろうか、武蔵野うどんの老舗「きくや」があるので、少し腹ごしらえ【きくやの詳細訪問記はコチラ】

さあここから村山下貯水池へと突入。
53_map.jpg 武蔵大和駅交差点から自転車道を多摩湖へと登ったすぐ右手に広場がある。
自転車道の下を流れる水道道路の導水路や余水吐(よすいばき)など貯水池の施設を記念した公園で一端に水門跡の1/2スケールの復元模型が口をあんぐりと開けて佇んでいる。
53_03.jpg 芝生の上に余りにおもむろにあるので、正直ビビる。
53_04.jpg これと、水門があった跡が残っているのだが、これが鉄道のターンテーブル(方向転換するための転車台)のような形で、嘗てここに東京市軽便鉄道が走っていたので産物と思いたい(ちなみにこの廃線跡の遺構は殆ど残っていない)。
緩やかにクネる上り坂を登ると、桜の時期になると花見客もチラホラ出てくるスポット。
53_05.jpg あと1ヶ月ほどで桜吹雪が舞うようになるが、訪問時は丁度そんな季節。
53_06.jpg 桜を眺めつつ気持ちよく坂を上りきったところで道を離れ南へ下りてみると、急斜面を下った先に露出した水路を発見した。
53_07.jpg 水流は殆どなく、川底に彫られた幅50cmほどの一筋のみを残しているが、この界隈にはこうした貯水池から流れ出る水路の他、水路の跡かはたまた軽便鉄道の廃線跡かという線形を思わせる箇所が幾つも確認できた。
53_11.jpg どれもが忘れ去られたように雑草で茂り、宅地開発された姿とは違った郊外の風景を見せてくれる。
53_1.jpg 再び自転車道に戻ると、右手に見晴台の案内板が見える。
53_08.jpg 以前は狭山自然公園と村山下貯水池の間の堤体に入れたのだが、今この補強工事を行っているため、辺りはフェンスで覆われ、ノンビリ散策できる雰囲気にない。
自転車を止め見晴台へ上ると、以前堤体から望めた、あの取水塔がそのままの姿で現れた。
53_09.jpg 【続く】

   

まず最初にチョット拙ミニコミ同人誌の告知をば。
tamahyousi_web昨年末に新刊『ギャンブルイーター』(amazonでもお求めいただけるようになりました!!)、初売りの際に限定でコピー誌2種との3冊セットを作らせてもらった。
イベント限定のところ、ご好意で一部書店(タコシェ模索舎)でも委託して頂いているので、そちらもヨロシクね!・・・ということで、そのコピー誌の一つ、多摩地区のB級スポット&グルメ+スパ銭めぐり『多摩に行くならこんな店』の中から、少しだけ触れている往時のマーケットについて、未掲載写真を含め詳細に述べておきたい。



JR南武線の矢野口駅のスグ近くで、鶴川街道と川崎街道という大きな道路が2つ、交差している。
52_map.jpg 調布に程近い車文化圏なので、車窓からこの辺りの風景を眺めたことのある方もいることだろう。よみうりランドも近く、住宅地の奥は山に茂る木々という風景にあって、この矢野口交差点だけスコンと抜けた印象がある。

矢野口駅は2004年までは踏切の音が鳴り響くローカルな地上駅だったが、2005年に高架化が完了。高架下にはショッピングセンター「アイポート矢野口」が出来、FCチェーンが入っている。近代的に整備されキレイな、それでいて何処にでもある駅前がここにも誕生した。
少し悲観的かつ否定的な言い回しになってしまったが、この高架化は、地上駅だった頃に踏切があることで鶴川街道が慢性的な渋滞に喘いでいたという、地元住民や仕事で車を使うものの悲願だった部分も見逃してはならない。高架化で道路は拡幅し、今ではスムーズに南北を行き来出来る。
駅周辺には鶴川街道が狭かった頃の名残が今でも幾つか散見できるが、駅の改装で人々の流れも変わり、周辺環境が激変したと思しき爪痕も同時に残っていた。
52_01.jpg それがここ、矢野口駅前ショッピングセンター。
南武線高架のスグ南、バス停前にポッカリと砂漠化でもしたかのような、半端に広く砂埃臭い駐車場があるのだが、この脇にモルタル造の棟割商店長屋がポツンと廃墟のように佇んでいる。
まるで再開発後の街をボー然と眺めているかのようだ。

近づくとショッピングセンターだった頃の看板がある。
52_02.jpg 魚屋と雀荘だけが読めるが、後は退色して何が入っていたか分からない。
アーケードの下に潜ると、魚屋の幟と酒のケースが残っていた。まだ新しく写る。
52_03.jpg 裏手に回ってみると、激しく錆びたトタンの平屋が横に長く伸びていた。
52_04.jpg 同じ作りの小屋には先の魚屋の屋号が。倉庫だったのだろうか。
52_05.jpg ショッピングセンターの裏側を見ると木造の住宅になっており、今は住居としてのみ使われているようだ。
52_06.jpg 52_08.jpg 隣接する駐車場からショッピングセンターの真横の姿を見ると、その構造がよく分かる。
52_07.jpg

駐車場を挟んだ対面には、商店が連なる棟割の看板建築群が。
52_09.jpg こちらは完全な商店街の様相を呈しており、コインランドリー・クリーニング店・お茶屋とシャッターを卸している。
52_10.jpg その向かいのスナックは夜には今でも営業しているのだろうか。

この先はまだ真新しい家屋も散見できる、いわゆる多摩郊外の住宅街となり、ここだけ、ポツンと往時の姿を留めていた。
今後どうなるのか、ただ解体の日を待つばかりなのか知れないが、人が住まわれている限り、隣駅稲田堤のような個人商店が立ち並び自転車が行き交うゴチャゴチャとした南武線沿線らしい光景が、ここ矢野口にも展開していたことを教えてくれる。
【了】

   

基本的に祭りが好きだ。
といってもお神輿担いでワッショイではなく(それも嫌いではないが)、テキヤの屋台がズラリと並ぶ類を指す。
中島みゆきに「まつりばやし」という歌があるが、祭りの輪に入れず(というか意図して入らず)傍観者として愉しんでいるポジションがよく描写されていると思う。

さながら、“運動は苦手でもっぱら見学だが、同級生とやんやするのが嫌いじゃないので、校庭の隅での体育座りをして眺めている”的スタンスとでも言おうか。初めて聴いた時「オマエはオレか!?」と思ったものだ。
曲の舞台は恐らく夏祭りで、テキヤの並ぶ光景は花火大会や盆踊り、七夕祭りを想像されやすいと思うが、自分にとって最も愛すべきテキヤ祭りは年末の酉の市の類なのだ。
吉原の鷲神社や新宿の花園神社で行われる11月の酉の日のものが有名だが、そうした酉の市以外にも多く熊手が売られる市がアチコチに立っている。自営をしている都合上、店に熊手を祀る目的もあるのだが、
【結構人ミルクホール:熊手、昨年もお世話になりました】
折角なら色んな場所の酉の市を見てみたいと、可能な範囲でアチコチに出向いている。
このブログでも過去、毎年12/15に催される川口のおかめ市について少し触れたが、
●川口のおかめ市ついでに 2010年12月25日
手前のB級グルメブログでも何度か紹介させてもらった。

吉原の鷲神社酉の市横浜橋の大鷲神社酉の市
浦和の十二日まち大宮の十日市(とおかまち)蕨の和楽備神社酉の市
川口のおかめ市:04年06年10年

以上はここ10年くらいに赴いた代表的なもので、これ以外にもいくつか足を運んでいるが、昨年12年末は初めて、立食いそば屋に立ち寄ったついでに、
【デウスエクスマキな食卓:牧丘@西台】
板橋区西台の熊手市に詣でてみた。

img51_01.jpg 都営三田線の西台駅から南へ徒歩5分チョット、首都高と交錯する歩道橋の裏手に善長寺がある。
51map.jpg この境内と南側を東西に伸びる細い路地200m程の区間に凡そ百軒の屋台が並ぶ。
img51_02.jpg ここは武蔵野台地の崖線に沿うような線形を辿る道。崖に沿って削った様な線形なので、ただでさえ道幅が狭い所の山側に屋台が並ぶものだから更に道幅が狭まる。そこにきて若干道がウネっているからさぁ大変。夕方ともなると浮き足立った学生やらで寿司詰め状態となる。
img51_03.jpg 年末の冷たい空気の中、身体を縮こませ、ジャンパーのナイロンとナイロンが擦れる音の中、白い息を吐きながら人並みに身を任せてこその祭り。なんともトリップ感のようなものを覚えてならない。

屋台が並ぶ道から善長寺に入ると参道に人の列ができている。
img51_04.jpg 善長寺の参拝客かと思い、脇から善長寺を眺めると、列は更に奥に伸びている。どうやら熊手市の参拝は境内の端にある神社で行うようだ。
ならばと自分も列に加わる。
列が進むと両サイドに熊手が売られている光景が目に飛び込んでくる。
img51_05.jpg 見慣れた屋号も目にするが、初めて見る屋号も多い。この地区の熊手市は初めてだが、エリアによって縄張りがあるのだろうか。
img51_06.jpg 遅々としつつも進みながら熊手を眺めつつ思ったのだが、こんな町の外れの小さな規模の市に溢れんばかりの人がどうして詰めかけるのだろうか。都心の酉の市でも、巣鴨や西新井の納めの大師などは寂しくなるほどの人手だ。しかもこの熊手市は酉の市公式サイトのリンク【東京都内の酉の市】にも掲載されていないにも関わらず、だ。
地形的に少々アクセスが悪いから、逆に地域信仰が根強く残っているのかもしれない(ちなみに近くを通る環状八号線が武蔵野台地を貫いて全線開通に至ったのが2006年とつい最近のこと)。周囲には大きな神社(天祖神社・北野神社など)も多く、初詣に赴いてみたが、その賑わいと立派さに驚かされた。
img51_07.jpg 列はさらに進み、いよいよ神社に近づいたが、本当に小さな祠というくらいのもので、またも驚かされた。
img51_08.jpg 内部は写真に収めなかったが、近所に畑も多いこともあってか、採れた野菜が奉納されている様がなんとも微笑ましかった。

更に増える学生の波に飲まれつつも、時間をかけて喧騒を脱し、家路につくのだった。
屋台としては定番のものばかりでコレという特筆すべきものはなかったが、地元に根付いた本当の意味での祭り・信仰の、下駄履きというべき等身大のあるべき姿に触れられて、なんだか嬉しくなってしまった。
大きな酉の市もいいものだが、小さくても活気に溢れるものも一興であると気付かされた。まだまだ酉の市リンクに載っていない小さな市がアチコチにあるのだろう。これからも巡って行きたい。
【了】

   
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…前身となる連載『ら~めん路漫避行』の東京23区内記事の加筆訂正+書き下ろし記事で構成された、東京裏町ラーメン銭湯攻略本!

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    刈部山本-karibe yamamoto-
    自営の珈琲店でスペシャルティ珈琲のドリップやケーキの仕込みに追われる傍ら、路地裏や廃スポットを徘徊してはB級グルメを貪る日々。B食+路上観察を纏めたミニコミ(同人)誌を年2回定期刊行。

    ら~めん路漫避行
    …旧サイト連載:ラーメンを巡る路上観察紀行

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