第15回 『朧月夜』
日溜まりの公園で、暮れなずむ街角で、夜のしじまの中で、ひとり「童謡」を口ずさむ時、幼き日々が鮮やかによみがえる…。この番組では、皆様にとって懐かしい童謡の歌碑を巡ってまいります。今回は、『朧(おぼろ)月夜』です。
『朧月夜』というと「菜の花畠に、入日薄れ…」という出だしで始まるので、てっきり暖かい高知、和歌山、南房総辺りで作られた歌かと思っていました。しかし、調べてみると意外にも長野県が作詞の舞台だったのです。『朧月夜』の作詞者は、高野辰之。作曲者は、岡野貞一。『春の小川』や『紅葉』でお馴染みのコンビです。
『朧月夜』(『尋常小学唱歌 第六学年用』文部省 大正3年 に発表)
作詞 高野辰之(たかのたつゆき、1876−1947)
作曲 岡野貞一(おかのていいち、1878−1941)
1.菜の花畠に、入日薄れ、
見わたす山の端(は) 霞ふかし。
春風そよふく、空を見れば、
夕月かかりてにほひ淡し。
2.里わの火影(ほかげ)も、森の色も、
田中の小路を たどる人も、
蛙(かわず)のなくねも、かねの音も、
さながら霞める朧月夜。 |
中国の北宋時代の詩人・蘇軾[そしょく。号は「東坡」]は、『春夜詩』*の中で、春の夜の美しさを「春宵(しゅんしょう)一刻直(あたい)千金、花ニ清香アリ月ニ陰アリ」と表現しています。「一刻千金」というと、隅田川の桜を歌った『花』(武島羽衣作詞、瀧廉太郎作曲。明治33年発表)の3番が思い出されますが、『朧月夜』では『花』を意識してか、蘇軾の詩を引用することなく、日本古来の「やまとことば」をちりばめて春の宵を描いています。「にほひ淡し」の「にほひ」は、古語で「色」や「艶」、「光」のこと。「里わ」とは、正確には「里曲」と書き、「里のあたり」のこと。歌詞全体に柔らかい優美な雰囲気が漂い、『春夜詩』が放つような重苦しい空気は少しも感じられません。
『朧月夜』の舞台となったのは、高野辰之の故郷である長野県下水内郡豊田村。明治時代、この辺りでは照明用の菜種油を採るために、菜の花が盛んに栽培されていました。2番に出てくる「かねの音」は、高野の生家からほど近くにある「真宝寺」の鐘の音といわれています。高野は、故郷の春の風景を元にこの歌を作ったのです。
『朧月夜』の碑は、豊田村と野沢温泉の2ヶ所にあります。豊田村では高野の業績を顕彰するために「ふるさと遊歩道」と呼ばれる小道が設けられていて、その道端に曲碑が建てられています。一方、高野が晩年を過ごした野沢温泉では、温泉健康館「クアハウスのざわ」の入口に歌碑が建てられています。この地には「おぼろ月夜の館 高野辰之記念館 斑山文庫」があって、高野の遺品が数多く展示されています。野沢温泉を訪れる機会があったら、こちらも是非お立ち寄り下さい。
*春夜 蘇軾
春宵一刻直千金 春の宵の一刻は千金の値がある。
花有清香月有陰 清らかな香りを放つ花。おぼろに霞む月。
歌管楼台声細細 高殿から聞こえる歌や笛の演奏はか細く、
鞦韆院落夜沈沈 中庭にはぶらんこが下がり、夜が重たげに更けていく。
[参考文献 |
小川環樹『中国詩人選集二集 第六巻蘇軾 下』岩波書店 昭和37年 |
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・豊田村の『朧月夜』の碑
場所:長野県下水内郡豊田村 ふるさと遊歩道
交通:JR飯山線「替佐」駅より長電バス「親川」又は「永田」行きで「永田」バス停下車、徒歩10分。(バスは本数が少ないので注意。徒歩だと駅から約1時間)
・野沢温泉の『朧月夜』の碑
場所:長野県下高井郡野沢温泉村 「クアハウスのざわ」入口
交通:JR飯山線「戸狩野沢温泉」駅より「野沢温泉」行きバスで「野沢温泉」バス停下車、旅館組合案内所から麻釜(おがま)へ向かう道の途中、徒歩約5分。
・おぼろ月夜の館 高野辰之記念館 斑山文庫
場所:長野県下高井郡野沢温泉村
交通:「野沢温泉」バス停下車、徒歩5分。
開館時間:9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜日(祝祭日は翌火曜日)
入館料:大人 300円、小・中学生 150円(団体割引あり)
問い合わせ先:0269−85−3839
2004年3月29日更新
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