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「蕩尽日録」タイトル


12月某日
 品川・馬込ノ古本屋ヲ散策シ、
早稲田ノらいぶはうすニ至ル事
南陀楼綾繁


 ある日曜日の午後、ぼくは品川駅の構内にいた。ぼくにとって品川は、山手線の全駅でもっとも縁のない場所といってもいい。だから、2003年秋にこの駅に新幹線が止まるコトになったのを期に、構内とくに改札内に、こんなにたくさん店ができているなんてゼンゼン知らなかった。この数年で元の姿が判らないほど大きく変わったのは上野駅だと思っていたが、品川駅もそれに対抗する。だって、いま自分がいるのがどっちの方向か、よく判らないもの。

 ようやく改札口を出て、〈アトリエ箱庭〉の幸田さんと待ち合わせる。箱庭は大阪・北浜にある古本ギャラリーで、本に関する展示を多く行なっている。幸田さんはとてもエネルギッシュな美女で、ヒトを巻き込むのがうまいらしく、先日も『dioramarquis(ディオラマーキス)』というミニコミを創刊した。デザインがナンと羽良多平吉だというからオドロキ。『Heaven』『クイックジャパン』などを手がけた前衛的ブックデザイナーだ。幸田さんが所用で上京し、夜に品川で人と会うというので、それまでこの辺りを案内するコトにしたのだ。とはいえ、さっき書いたように、ぼく自身がこの辺りに不案内なのだけど。ま、なんとかなるでしょう。

フリーマーケット

 最初に行ったのは、東口にある品川インターシティという巨大ビル。ココのロビーで、毎月フリーマーケットが行なわれており、そこに古本屋が共同でブースを出すと聞いたのだ。行ってみると、床にシートを敷いて人が座りその前に品物を置くという、いかにもフリマな光景が広がっていた。大半は服や雑貨であり、本の姿は見えない。2階の奥にやっと発見。〈古本うさぎ書林〉(http://www.miyukisha.co.jp/huruhontop.html)の芳賀さんが幹事役となり、オンライン古書店3、4軒が交代で出品しているという。文庫は100円均一が多く、単行本も安い。それでもフリマでは本は売れにくいという。しかしぼくからすると、ライバルなしにイイ本を安く手に入れられるので、ありがたい。宮岡謙二『異国遍路旅芸人始末書』(中公文庫)100円、『ウイークエンドスーパー』『写真時代』が各500円、坂本龍一『地平線の書物 本本堂未刊行図書目録』(朝日出版社)が300円、だったと思う。いずれも激安といってもいい。

「週刊本」『地平線の書物』は、1984年に坂本龍一が設立した出版社「本本堂」がこんな本を出すとしたら……という想定で、井上嗣也、赤瀬川原平、細野晴臣、沼田元気(ココでは「氣」ではない)、日比野克彦ほかに、そのブックデザインを考えてもらうという試み。いまとなっては古臭い発想のものもあり、こんな本あったら持っておきたいというものまでさまざま。ちなみにこの本は、「週刊本」というシリーズの一冊で、雑誌のようなザラ紙の本に、現代思想・サブカルチャーの著者に書かせるという発想が新鮮だった。しかし、いま読んでみると、いかにもニューアカ、ポストモダン的な内容でちょっとツライ。刊行の言葉だって、「週刊本は、それ自体が、フラクチュエイション(ゆらぎ)、力の直接性、インテンシティー(強度)をはらんだ高速運動の場です」などと、ワケがワカラン。「〈書物素〉が露出するのです」って宣言されてもねえ……。

 品川駅に戻り、反対側(高輪口)に出て、坂を上る。しばらく歩いたところに、〈啓祐堂〉という古書店がある。文学、詩などの筋のいい本を置く店で、奥はギャラリーになっている。またココでも『黄金の馬車』という小雑誌(しかも無料の)を出している。そのあと、高輪台駅から都営浅草線に乗って、馬込で降りる。そこからバスに乗って、馬込銀座へ。この一角に〈天誠書林〉という古本屋がある。ぼくがコレまで行ったなかでもベストに入る素晴らしい店で、ぜひ幸田さんを連れて行きたかったのだ。

〈天誠書林〉

 この辺りは、馬込文士村といわれるほど、多くの作家が住んでいた。外のガラスケースにも、尾崎士郎などの本が並べられている。ナカに入ると、クラシック音楽が流れている。奥では店主の和久田さんが、本を眺めている。この静かな雰囲気に浸っていると、たちまち30分ぐらい過ぎてしまう。ぼくは、丸善が明治45年に出した『萬年筆の印象と図解カタログ』の復刻版(1000円)と、俳優・宮口精二が発行していた雑誌『俳優館』の山茶花究特集(500円)を。和久田さんの話では、後者は宮口家から出たものらしい。幸田さんも探していた本を入手できたようで、ニコニコしている。

 バスに乗って大森駅に出て、京浜東北線で品川に戻る。ココで幸田さんと別れて、ぼくは早稲田へ。穴八幡の近くにある〈JERRY JEFF(ジェリー・ジェフ)〉というロック喫茶で、渡辺勝のライブがあるのだ。この店はぼくが大学に入学したときにはすでにあったが、一度も行ったことがなかった。渡辺勝は、ライブではピアノを弾くことが多いのだが、今日はギターを弾いていた。いつもの通り、曲と曲に間を置かず、一時間半近く、弾きまくり、唄いまくった。やっぱりライブはええのお。すっかり堪能して、終バスでウチに帰ったのだった。


2006年1月19日更新
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