埼玉県は秩父市・三峯神社へ行ってきました。
縁あって3回目です。2回目までは「奥宮」といって、一番山のてっぺんの、奥にあるお宮まで参拝していたのですが、今回は霧がすごい上に、雨が降った後で滑りやすいということから中止にしました。よって、神社近くの探検をすることになったのですが、1900年の歴史を静かに物語る博物館と、年月を感じずにはいられない大木たちから醸し出される神聖な「気」というか空気は、今年になっていろいろな神社を巡っている私にとって、2回目までは感じることができなかった威圧感というか、気高さ? 崇高さ? なんとも言葉で言い表しがたい、息苦しくなるような、三峯神社の存在感を体中で感じることができたのです。
あまりにも大きく凛とした美しい木々たち。見上げると上のほうは霧がかかっています。思わず大木にしがみついてみました。声を出さなければ、木々のささやきと鳥たちの鳴き声しか聞こえない静寂の空間。真っ白な霧はますます増して幻想的で、しばらく眺めていたら、どういうわけか泣けてきました。
当然のことながら、最近はじめた新しい趣味(?)である御朱印は欠かしません。三峯神社オリジナルの御朱印帳をいただきました。参拝日は7月7日。偶然にも七夕で、年に一度訪れるには、ふさわしい日にちだと思わずニンマリ。それにしてもなんて美しい御朱印帳でしょうか。秩父の山々に咲く花たちが、紺色の地に美しく描いてあります。神主さんが御朱印帳を広げて、
「こちらにお書きしました。前の2ページはわざと開けてあります。伊勢神宮へお参りになった時に、この2ページは書いていただいて下さい」
といわれました。ほかには守り神のオオカミが描かれた厄除けのお守りと、火災を防ぐ「火切りたこ」、お水、お砂もいただきました。お水やお砂については、おとなりの老夫婦のオススメで、ちょっと真似をしたのですが、作法がまったくわからない私に、神主さんがとても優しく接してくださり、嬉しかったです。
ところで、私は三峯神社という歴史ある神社の神主さんに聞いてみたいことがありました。それは「迷子札」についてです。
迷子札、ご存知ですか?
現在ペット用につくられている物ではありません。子供に持たせたお札です。詳しくは、『ガラクタをちゃぶ台にのせて』(晶文社発行)でもご紹介しましたが、新聞やテレビがなく、現在のように全国のニュースがすぐにわかるなんてことは夢の夢だった江戸、明治時代には、子供が迷子になったら、親や親族で必死に探すしか方法がありませんでした。それでも見つからない場合は、「神隠し」、「天狗につれていかれた」などと理由とつけてあきらめていたというのですから、現在では想像できませんが、そんな時代に子供が迷子にならないようにと、親が持たせたのが迷子札なのです。
木製、金属製とあったようで、木札は見たことがありませんが、親か大家さんに住所と名前を書いてもらったとか。金属製の迷子札は少しだけ手元にあります。小判型や袋などの形をしており、縁日などで職人さんが彫ってくれたそうです。それも文字だけでなく、裏面には干支が描かれていて、子供の十二支に合わせたのでしょう。何個か集めてみると、絵柄の細かさに驚くほどです。
話が横にずれましたが、私はこの「迷子札」について、三峯神社の神主さんなら、なにかお話が聞けないかしら? と思ったのでした。準備は万端! 鞄の片隅には、前日に下北沢の「古道具・月天」さん(その54参照)からやってきた迷子札を忍ばせてきました。さっそく取り出して訪ねてみると、三峯神社では取り扱ったことはないけれど、今日は来ておられない70代の神主さんが、いつもご自分の迷子札を持っておられるのだとか。お寺でもらわれたのではないでしょうか? とのことでした。私はそのお話を聞いて、迷子札って、へその緒に通じる個人の歴史のはじまりみたいだなぁと思いました。今度お参りに来た時には、ぜひともその神主さんにお会いして、お話をお伺いしたいものです。
ちなみに持ってきた迷子札は、寅と午が描かれた2種類で、細かく彫ってある出来のよいモノです。もちろん名前も住所も彫ってあり、寅のほうは「武州多摩郡八王子八日市宿」で、午のほうは「千葉縣船橋町上宿五日市」の住所です。「長男」とも彫ってあり、ご両親の喜びまで伝わってくるようです。そして「元気に育って欲しい」という願いも込めたのではないでしょうか。今回はそんな迷子札たちをご紹介したいと思います。全部で8枚になりました。卯、巳、戌、亥年がありませんでした。ん〜。残念。でも骨董市でもなかなか出会えない渋いモノなのであります。そういえば、1度だけ東郷神社の骨董市で卯年の迷子札を見つけたけど高価で手が出なかったっけ。ウサギって人気があるんですよね。
さて、三峯神社の宿泊施設「興雲閣」に一泊し、早朝のコーヒーを美味しくいただきながら窓の外を眺めると、昨日に増して霧が深くなっていました。1メートル先も見えないほどで、今奥宮へ行こうものなら、私自身が迷子になってしまいそうです。現在の迷子札? ともいえる携帯電話もここでは圏外ですし、日常のせかせかした気分は吹っ飛んでしまいます。真っ白い景色を前に、たまには静かに自分自身と向き合うのもいいですね。
オマケ
わが家の定番お味噌をご紹介します。秩父は新井武平商店製の「田楽味噌」です。ナスビやピーマンを胡麻油でいためて、このお味噌であえると、とても美味しく、お弁当のおかずとしても便利で重宝しています。2年前から家の冷蔵庫の中にいつもいるのです。今回も秩父へ行ったので賞味期限内に消費できるだけの量を買ってきました。
2007年7月13日更新
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