第18回 『砂山』
日溜まりの公園で、暮れなずむ街角で、夜のしじまの中で、ひとり「童謡」を口ずさむ時、幼き日々が鮮やかによみがえる…。この番組では、皆様にとって懐かしい童謡の歌碑を巡ってまいります。今回は、『砂山』です。
「海は荒海、向うは佐渡よ…」で始まる『砂山』の作詞は、大正11年に北原白秋が行っていますが、現在、曲調が異なる2つの『砂山』が世に知られています。発表時の中山晋平作曲のものは、「童謡」というより「民謡」に近い響きを持った曲で、昭和元年に作られた山田耕筰*作曲のものは「歌曲」といった面もちがします。両者甲乙付けがたいのですが、人気の点では中山の方が一歩リードしているようです。
『砂山』(『小学女生』大正11年9月号 に発表)
作詞 北原白秋(きたはらはくしゅう、1885−1942)
作曲 中山晋平(なかやましんぺい、1887−1952)
海は荒海、
向うは佐渡よ、
すずめ啼け啼け、もう日はくれた。
みんな呼べ呼べ、お星さま出たぞ。
暮れりや、砂山、
汐鳴りばかり、
すずめちりぢり、また風荒れる。
みんなちりぢり、もう誰も見えぬ。
かへろかへろよ、
茱萸(ぐみ)原わけて、
すずめさよなら、さよなら、あした。
海よさよなら、さよなら、あした。 |
大正11年の6月半ば、白秋は新潟市の師範学校で行われた童謡音楽会に出席しました。その席上、「新潟の童謡を作って欲しい」と依頼された白秋は、会が終わった夕刻に、学校の近所にある寄居浜を散策しました。その時の光景を、後に白秋はこう語っています。
「その夕方、会が済んでから、学校の先生たちと浜の方へ出て見ました。それはさすがに北国の浜だと思はれました。全く小田原あたりと違つてゐます。驚いたのは砂山の茱萸藪で、見渡す限り茱萸の原つぱでした。そこに雀が沢山啼いたり飛んだりしてゐました。その砂山の下は砂浜で、その砂浜には、藁屋根で壁も蓆(むしろ)張りの、ちやうど私の木菟の家のやうなお茶屋が四つ五つ、ぽつんぽつんと竝(なら)んで、風に吹きさらしになつてゐました。その前は荒海で、向うに佐渡が島が見え、灰色の雲が低く垂れて、今にも雨が降り出しさうになつて、さうして日が暮れかけてゐました。砂浜には子供たちが砂を掘つたり、鬼ごつこをしたりして遊んでゐました。日がとつぷりと暮れてから、私たちは帰りかけましたが、暗い砂山の窪みにはまだ、二三人の子供たちが残つて、赤い火を焚いてゐました。それは淋しいものでした」(『お話・日本の童謡』アルス社 大正13年 より[『白秋全集16』に収録])
この情景を元に、『砂山』は作られました。歌詞の1番では浜の風景が、2番では背後の砂山の風景が、そして3番では浜から砂山の茱萸原をかきわけて帰る子供の様子が、それぞれ描かれています。
『砂山』の歌碑は、寄居浜にほど近い護国神社脇の松林の中にあります。木立が深いため、残念ながらここから海を見ることはできませんが、浜に出ると日本海が眼前に広がります。取材に行った日はあいにく悪天候で佐渡は見えませんでしたが、好天の日には、佐渡や弥彦山が望めるそうです。また、この浜は別名「夕日海岸」と呼ばれ、夕日の絶景ポイントになっています。もし、ここを訪れるなら、晴れの日がおすすめです。
*山田耕筰 やまだこうさく。作曲家・指揮者。明治19年、東京生まれ。明治41年東京音楽学校を卒業し、研究科へと進む。明治43年から大正2年までベルリンに留学して、交響曲やオペラなどを学ぶ。帰国後は日本楽劇協会や日本交響楽協会管弦楽団を設立し、西欧の優れた作品を紹介するとともに自作の発表を行った。歌曲の面では日本語のアクセントや語感を尊重した曲を創造するが、それは白秋との交流によってもたらされたという。代表的な童謡には、『赤とんぼ』、『からたちの花』、『あわて床屋』、『この道』などがある。昭和40年死去、享年79。
[参考文献 |
『白秋全集16』岩波書店 昭和60年 |
『白秋全集26』岩波書店 昭和62年 |
下中邦彦編『音楽大事典第5巻』平凡社 昭和58年] |
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場所:新潟県新潟市護国神社参道横
交通:JR新潟駅の万代口バスターミナルから新潟交通バス19系統「水族館前」行きバスに乗り、「附属学校前」バス停で下車。護国神社入口の鳥居の脇から入る小道を進む。バス停より徒歩7分。
2004年5月31日更新
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