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第24回
おもわず飲みこみたかった
「マウスペット」の巻
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私が住んでいた千葉市は、文人墨客が避暑に訪れる東京都近郊の海水浴場の地であったが、高度成長時代たけなわの頃、海を埋め立て、工場を誘致、半農半漁の街から脱却しようとしていた。そこの中心となったのが川崎製鉄。私たちは「かわてつ」と呼んで親しんでいた。近くの町は企業城下町となり、友達の親の多くは川鉄に勤めていた。大量の従業員を収容するため、あちこちに寮が建てられていたが、私たち子どもはその川鉄寮に行くのが楽しみだった。玄関に「うがい」の機械が置いてあったからだ。フットペダルを踏むと水が出てくるが、その水はハッカの味がした。
「ジュースだジュースだ」と私たちは喜んでいたのである。昭和四五年頃の清涼飲料水やお菓子のフレーバーはハッカかニッキくらいしかなく、ハッカの味がするものはすごく価値あるモノだった。
そんな折りに登場したのが、マウスペットである。ある日、クラスの中でも金持ちの子が、青いボトルを持ってきた。彼はそれを顔の前に持って行き、シュパッシュパッと霧吹きのように吹いている。「なんだなんだ、そりゃなんだ」新しいオモチャか。クラスのみんなが集まった。そいつは得意そうに、私たちを一列に並べて口を開けさせて、シュパッシュパッとしてくれた。口の中には川鉄寮のうがい水の味が広がった。甘いけれども、子どもにはちょっと辛かった。みんなにシュパしたものだから、最後にプスッという情けない音を残してすぐに液が無くなった。私は金持ちの子に「その容器をくれ」と頼んだ。シャンプーが残り少なくなると、水を足して一、二度しのぐように、フタを開けて、水を少し足そうと思ったのだ。貧乏性だ。ところがその容器は噴出穴の部分が頑丈に本体にくっついている。子どもの力では取り外せず、どうしても水を足せない。残念無念であった。
マウスペットはライオン歯磨株式会社(当時)より、昭和四六年四月に発売された。
「マナーを気にする国民性からでしょうか、当時、アメリカでは口中清涼剤の市場が成熟しておりました。ちょうど日本も高度経済成長の中でしたので、これからは所得が増え、生活に余裕もでてくるだろうと。そこで若い人はエチケットに高い関心が高まると予測して発売したわけです」(ライオン株式会社)
そのころわずかにあった日本の口中清涼剤市場では、舌の上に液を垂らす滴下型のものが先発されていた(いま、小林製薬で「ブレスケア」という名前で商品化されていますね)。しかしライオン歯磨では、目薬のように舌に垂らすのでは不便ではと感じ、スプレー型のスクイズボトルにした。また、「シュッシュッシュッのマウスペット、いつでもどこでも手軽にエチケット」というコピーで「携帯性」もアピールした。クロールヘキシジンの殺菌効果で口臭の原因となる細菌の活動を押さえ、ペパーミントとメントールの清涼感でスキッとした味に仕上げた。当時の箱の裏書きを見せていただくと使用シーンのひとつとして「ニオイの強い食事のあとに」とある。発売された年はハンバーガーが上陸した年でもある。この頃から日本人の食生活が多様化していたのだろう。翌年には金色のフタの「デラックス」も発売。昭和四八年には「パッションフルーツ」、六〇年には「ラズベリー」と、時代にあわせた香味のバリエーションを広げていく。
「最初は量販店さん主流で販売していましたが、今は、マツモトキヨシさんなどドラッグストアでの売り上げが増えています」
若い女性をターゲットにしたマウスペットとマツキヨの客層がマッチしているのだろう。
「女子高生モニターからは『お母さんも学校でみつからないようにトイレでシュッとしていたのよといわれました』というお葉書をいただきました」なんと親子二代で使われる商品にまで育ったのだ。なるほど、清潔志向が強い現代の女子高生のバッグの隅にはマウスペットの可愛いボトルが忍ばせてあるのか。オジサンの知らないところではシュッと一吹きが流行していたのだなあ。
●毎日新聞を改稿
2005年8月26日更新
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