第27回 チャムスの卵あたためて 〜青淵って何だあの飛鳥山 |
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報告が遅くなってなってしまったが、今年の4月、王子駅近くのとあるラーメン店が静かにその歴史に幕を下ろした。既に食べることが出来ない店を紹介するのもいささか気が引けるが、ここを語らずして飛鳥山は語れない。インパクト大の不朽…のはずだった迷店を記録しておくとしよう。
その名はテールラーメン。過去4度ほど伺っているのだが、通いたくてもどうしても間隔が開いてしまう。その訳とは…とにかく体力を消耗するのだ。ボリュームではなく、オヤジさんのキャラクタにである。故に臨戦態勢を整えるべく、一風呂浴びてから臨むとしよう。
場所はJRの王子駅から、江戸期からの桜の名所として落語にも登場する飛鳥山に沿うことしばし。都電の飛鳥山の駅を過ぎたあたり、右にテールラーメンがあるのだが、このスグ先に銭湯があるので、東京メトロ南北線の西ヶ原駅から歩いてみた。3分ほど歩くと左手に「ゑびす湯」と読める看板が灯っている。
前々から手書きの看板がイカすので気になっていたが、銭湯自体は路地を少し入ったところに位置しており、道路からはどんな銭湯なのか判らずじまいだったのだ。
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ゑびす湯
15:00〜25:00 日曜14時〜
木曜休
東京都北区滝野川1-1-20
東京都浴場組合HP
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やや急な勾配を下ると、まずコインランドリーがお出迎え。
昔ながらの空間で、洗剤の自販機が時代を感じさせる。
入口脇にはダンボール製だろうか、手書きで特色が添えられている。地下130mから汲み上げた天然水だとか。井戸水ってことか。東京都浴場組合のHPには燃料はマキとある。これは温まりそうだ。
今では少なくなった番台。ここのは少し低い。というか、全体的にこじんまりとした造り。天井も凝った装飾こそないが総木製で歳月が深いブラウンを閃かせている。近くの映画館のポスターも貼ってある! 時勢からポケモンと仮面ライダーだったが、全体に実にレトロ!
浴場も掃除が行き届いていてタイルの目地も小まめに埋めている様子。浴槽は2つでひとつはジェット。よく見ると双方薬湯で強さは違うがジェットもあり温度も大差ないとあって何ゆえの分割かは分からなかったが、まぁ気にしない。
特出すべきは無料でサウナが楽しめる点。湿式のフィンランドサウナで見た目より中は広い。スチームというほど霧はなく温度もそんな低くないが長居できる。
押し付けがましさの微塵もない、等身大のレトロ空間が満喫でき、その上サウナでしっかりと汗を流せる。広くはないが小体でとにかく落ち着く。いやはや、こんな穴場が普段の通り道にあったとは!?
銭湯を出ていざテールラーメンへ。すぐさま辛うじて灯るライトが目に入る。知らなければそのライトがまさか、真下の店舗の看板であると気づかない程。
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テールラーメン【閉店】
11:30〜13:00前/18:30〜25:00過
※昼夜とも早仕舞い有
土・日・祝休
東京都北区滝野川1-1-18
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初訪問の際、オヤジさんはフクロウのように高い椅子から見下ろす様な格好で眠りこけていたが、ある時は電気カミソリでヒゲを剃っていた。厨房で!? これがテールなのだ。
店内は戦後の闇市から続いているような錯覚に襲われるほど、煤けた酒場のような仄暗いオレンジに包まれている。6人なんとかギチギチに座れるようなL字カウンター。
この店は注文をしてからが長い。ラーメンより寧ろこの間がメインのショータイム。作りながら、話が止まらない。サントリーDAKARAの小便小僧の形をしたデジカメを持ってるとか、HYDE仕様ギター形時計が店内に掲げられるまでのエピソード等など、すっかり店内はオヤジ劇場と化す。
一番の売りである塩ラーメン¥650は牛テールでとったダシ。まったりスープが特徴。どちらかといえば味わって飲まないとわかりづらいほどなので澄まし汁っぽいが、これがなんとも滋味深いのだ。
麺はチャルメラ的な見た目で凝った代物ではないが、主張のない適度な太さの適度な縮れがスープに合っている。
ここの名物でもある味玉は以前は茶玉と呼ばれるほど黒く色づいていた。写真のは結構白いけどね。ブヨブヨとして相当柔らかい。割るとスープの味がわからなくなるので、レンゲの上で噛んで啜る感じ。かな〜り濃い黄身がギッシリで、味も濃厚で甘みもある。オヤジさん曰く、醤油味が強いし色み的にも塩スープには合わない、のだそうだが、やはり名物は入れたいというのが人情ってもんだ。
もう一つ、看板にも出ている「ちゃーむす」=チャーシューおむすびがここの名物でチャーシューの煮汁がしみた、柔らかく甘い米がなんとも堪らない。売り切れることもしばしばで、最後に伺ったときは売り切れで写真に収められなかったのが悔やまれる。基本、ラップに包まれて注文毎にレンジにかける。あのチン!の音も今となっては懐かしい。
別の日に頂いたのは絡味麺¥700。こちらには茶玉ではなく生卵が合うというのでオヤジさんのレクチャーに従う。見た目もラーメンなんだかなんだかよくわからないが、食べていてもよくわからない。トロみのあるスープとネギと細かなチャーシューが渾然一体となって、独特の旨さに仕上がっている。通常メニューは脂が入ってないので、この店唯一のこってりメニューか。しかし脂といっても数種類のラード(牛のも使っているのかな?見た目は固形だった)をブレンドしたオリジナルのもので、醤のような辛みのあるスープは固形ラード系の甘みが引き立つ。
スープ単体・スープとネギとチャーシュー・スープと麺といったように、パーツごとに絡め方を変えて食べると味わいが違うのが面白い。しかも玉子でマイルドにどれも味わえる。
毎度毎度、なんだからわからないけど、旨いんだよなぁ〜と首を捻りながらあっという間に完食。オヤジさんのおなじみ「また来るように!」連呼攻撃を終え、満足のうちに店を後にした。
ある日も、後客が2名入ってきて、自分が店を出るとすぐ、広めの椅子のほうに移動したかったようで「あっちに席移動してもいいッスか?」と訊ねると、オヤジさん即答「ダメ!」・・・あるアベックにはどこで知り合ったのかを訊ね、「職場です」と答えると「手近で済ませやがったな!」・・・今となっては帰ってこないが、つい最近までこんな遣り取りが夜な夜な飛鳥山に木霊していたのだった。
テールラーメンの向かいは飛鳥山の頂上付近にあたり、公園として整備されている。それに飛鳥山三つの博物館が隣接されている。飛鳥山博物館・紙の博物館・渋沢資料館からなる。紙の博物館は以前は都電王子駅前の脇にあり、車窓から紙の原料となるケナフの木が見えたのが懐かしい。
王子は洋紙発祥の地であり、王子という名のそもそもの由来はネピアで御馴染み王子製紙の王子から来ているという。
紙の博物館と共に渋沢資料館がなんで一緒にあるのかというと、そもそも飛鳥山の南端部は明治の大実業家・渋沢栄一邸だった。渋沢翁といえば日本で最初に銀行を作った人として知られるが(第一国立銀行=旧第一勧銀。現在みずほに再編)、王子製紙の前身である抄紙会社も渋沢翁の創始という。なるほど。
三つの博物館の脇、垣根で仕切られて奇妙な空間がある。小体ながら圧迫感のある建物が2棟。晩香廬(ばんこうろ)と青淵文庫(せいえんぶんこ)だ。この敷地は渋沢の旧邸内に位置し、それぞれ茶室・書庫として建てられた。
晩香廬は大正6年竣工の木造瓦葺き平屋という一見ただのお茶会などをやる庭園に良くあるもののようだが、内部は西洋風のモダンなつくりで、出窓には和的な吊行燈が洋風にデザインされている。
青淵文庫は大正14年竣工。
鉄筋コンクリート造で戦前の建築とは思えないほどしっかりとしているが、シンプルなデザインながら、深い蒼の威圧感さえあるステンドグラスや、窓枠のタイルの細かな意匠は、戦前建築ならではの魅せる要素に満ち満ちている。
正面が円形の庭になっているのだが、ここからまっすぐ見据えると、恐怖感さえ覚えるほど、深さを感じさせる重い空気を感じてしまう。
【以上参照は渋沢資料館HP】
渋沢邸エリアを抜けると児童公園が広がっているがそちらは人が多いので回避。脇にJR線路脇に出る急な階段がある。恐ろしく急斜面の崖で、途中には王子駅南口へ鉄橋が渡されている。一番下まで降りると、王子駅中央口へと抜ける崖と線路高架に挟まれた暗い窪みに出る。
ここにさくら新道という飲み屋街が広がっている。名が示す様に歴史は古く、戦後闇市の名残という。閑散とした空気に包まれているが、今でも営業を続ける店は存在する。
木造モルタル2F建ての棟割長屋が続いているが、2F部分は路面に突き出す形で、下見板張りのテクスチャーをジックリ拝むことが出来る。これは大阪にあった軍艦アパートを髣髴とさせる。参考までにかつての軍艦アパートの写真も付けておく。
棟割の部分の一部はなんとブロック塀で仕切られていた。しかし1棟で繋がっているのではなく、大きく3棟に分かれているようで、隙間から王子駅の高架を眩く覗かせる。
この先のスグ下には何十年もトイレの汚水を垂れ流していたことが発覚した石神井川が流れている。歴史に蓋をしても、汚水の垂れ流しは隠せず、さくら新道の軒並みは全てお見通しだったのだろう。
飛鳥山、及び周辺はまだまだ見所の宝庫。続きはまた。
2009年9月1日更新
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