第17回
「ミスタードーナツの
注文は視力検査か」の巻 |
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今でこそ年末近くになると、ミスタードーナツにせっせと通って点数券を集め、同社のキャンペーン賞品である「スケジュールン」というシステム手帳をもらう私だが、そんな姿は小学生のころには考えられなかった。
千葉の郊外に生まれた私にとっては、ミスタードーナツは年に一度買ってもらえるかどうかの「ゼイタク品」だった。同社に尋ねると、「京成千葉中央ショップができたのが昭和四十七年十二月二十三日です」(株式会社ダスキン広報本部)。小学四年生のクリスマス前だったようだ。確か色刷りのメニューが新聞のチラシとして折り込まれてきた。「シュガーレイズド」「ハニーディップ」など、聞いたこともない多くのドーナツがあった。デパートの地下で不二家のドーナツを買うのがごちそうだった我が家では、ドーナツ単品しか売らない店ができたこと自体が信じられなかった。商売になるのかどうか他人事ながら心配である。しかもドーナツなのに穴があいていないのがある。そんなのは山崎製パンの「あんドーナツ」しか知らないぞ。
「とにかく買ってくるから二〇〇円ちょうだい」
「私は普通のでいいからね、普通の」
戦前生まれの母親にはせっかくのカッコイイネーミングも役にたたない。お店は千葉じゅうの好奇心旺盛な客でごったがえしていた。だが、どの客もウチの母同様、ドーナツに名前がついていることを無視し、「その上のを一つ。右のもちょうだい。あとその斜め下。違う右、右」と視力検査のように注文していた。まだ、少子化が進んでいないころだし、千葉には大家族世帯も多い。ほとんどの人が箱単位で買っている中を、私は父と母と私の三人分、三つだけ買って袋に入れてもらった。ちょっと恥ずかしかった。カウンターの中で働くお姉さんは学校の先生よりきれいだった。
レンタルぞうきん「ダスキン」の創業者鈴木清一氏が米ミスタードーナツ社と日本全土のフランチャイズ契約を結んだのが昭和四十五年。フランチャイズチェーンの仕組みやノウハウを学びに渡米した鈴木は経営の恩師の息子からミスタードーナツ創業者を紹介され、日本での展開に手を染めることになる。プロジェクトはダスキンの未来事業部に託され、二〇代の若者七人が、手探りの状態からアメリカ研修を経て、開店へこぎつけていった。アメリカでは粉だらけになってドーナツ作りに格闘し、「血の検査をすればコーヒーで真っ黒だぞ」と冗談がでるほど、ドーナツとコーヒー漬けの食生活で味を覚えていったという。
日本ではなじみのないドーナツ事業に、粉や油など原材料の調達は困難を極めたが、各メーカーの協力で、一号店オープンまでの半年間に希望の材料を開発してもらった。
第一号店が誕生したのが翌年四月、大阪の箕面店だった。プレオープンの日には売上が三一万円を超えた。当時、日本で一番クリスマスケーキを売るといわれた木村屋の売上が一〇万円の時代である。大成功をおさめたミスタードーナツの店は日本各地に広がっていく。
三〇年間、レシピはアメリカのものを使っている。「工場で大量に作って各店舗に運べば効率的でしょうが、ウチはそれぞれのお店が厨房を持ち、手作りしています」。揚げ油は植物性で、脂ぎったドーナツにはならない。油を用いた製品は酸化するという弱点があるが、一定の時間が経ったものは廃棄し、鮮度管理によって常に新しい商品がケースに並べられている。どうりで胃弱の私でも胸やけしないはずだ。
現在ミスドの購買層にはヤングミセスが多い。ラッキーカードであたるプレミアムグッズ人気もあるだろう。十点たまると誰でもグッズがもらえるが、これは「少数の特定の人だけが当選するやり方はいけない」という創業者の理念からだ。私の経験では一枚のカードで二点か三点が出るときが多いが、平均点は「一・八点」だそうだ。
●毎日新聞を改稿
2005年8月4日更新
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