10月某日 秋晴レノ一日、
飯能ノ街並ミヲ散策スル事 |
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昨日まで降り続いていた雨がすっかり上がり、今日は気持ちのイイ秋晴れだ。前から外出を予定していた日が、こんなに好天にめぐまれるとは、雨男のぼくにしては珍しい。山手線で池袋に出て、西口公園の古本市を覗く。さすがに客が多い。広尾の〈古書一路〉が出しているテントで、島村利正の『奈良登大路町』と『秩父愁色』(ともに新潮社)を各1000円で買う。
池袋駅に戻り、西武池袋線のホームに行くと、今日の同行者がすでに集まっている。文芸評論家の堀切直人さん、作家の浦野興治さん、右文書院の青柳隆雄さんだ。いずれも、一筋縄ではいかないヒトたちだ。このやたらと濃いメンバーで、なぜか、これから飯能に遊山に出かけるのであった。
飯能まで出かけるというと、一日がかりだと思われがちだが、なに、電車に乗っている時間はちょうど1時間だ。所沢を出ると、稲荷山公園、入間市、仏子、元加治などの駅を通り過ぎる。稲荷山公園では昨年、「ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル」という野外ライヴを観た(途中で土砂降りになり、退散したが)。仏子、元加治などは、言葉の響きが、どことなく秩父っぽい気がする。
飯能駅に着くと、改札口で鈴木地蔵さんが待っていた。地蔵さんはこの街で生まれ育ち、『文游』という同人誌を発行している。そこでの連載をまとめ、『市井作家列伝』という本を右文書院から出している。その本の挟み込みの栞に文章を書いたコトがきっかけで、ぼくもお付き合いさせてもらっているのだ。
じつは昨年も地蔵さんに招待されて、飯能に来ているのだが、夜に到着してそのまま朝まで飲み続けだったので、街の中を歩くのは初めてである。大通りから一本脇に入ると、古い商店街が残っている。おそらく昔の街道筋だろう。このご時世に、荒物屋や床屋がまだなんとか営業しているのがイイ。ある看板建築(前面がコンクリート、後部が木造)の脇に、2メートルほどの高さの、ブリキのポールみたいなものが立っている。煙突でもナイし、なんだろうね、コレは、とみんなで云いあう。そこを曲がったところに、飯能織物協同組合の建物があるが、洋館建築と云うのだろうか、かなり古いものだ。後ろに下がってみると、屋根の上にシャチホコが乗っているのが見える。織物組合なのにどうしてシャチホコなのかは、地蔵さんにもワカラナイそうだ。
そのあとも、横丁や路地を選んで、てくてく歩く。〈新島田屋〉という和菓子屋で、地蔵さんが「味噌付まんじゅう」を買う。表面に味噌を塗り、中にこしあんを入れたもの。食べてみると、味噌味と甘みがマッチして、意外にウマイ。そこを出てすぐ、前の道を横切っていったご老人を見て、地蔵さんが「あのヒトは、田中さんじゃないかな?」と駆け出していく。そのとおりで、ぼくも地蔵さんの出版記念会でお目にかかった田中順三さんだった。
田中さんは個人で、「中谷孝雄記念館」と「田中縄文文化館」を運営しているそうで、案内してもらえるコトになった。息子さんがやっているうどん屋と米屋の奥に、資料館がある。中谷孝雄は、梶井基次郎らと同人誌『青空』を発行し、「日本浪漫派」に関わった作家だ。埼玉県に住み、田中さんと交友があった縁で、存命中に資料を預かったのだという。太宰治や尾崎一雄からの手紙などが展示されていた。隣の部屋と一階には、縄文土器が展示されている。長年かけて、出土地の青森で手に入れたものだそうで、巨大な馬の埴輪や遮光器土偶が完全なカタチで展示されていたのはオドロキだった。また、鏃のコレクションを見事で、その輝きに魅せられた。地方の好事家、民間研究者の底力を見た思いである。
さらに歩くうち、入間川に掛かる橋に出る。川からの風が心地いい。橋のたもとに、飯能こども図書館がある。ログハウスのような建物で、図書館にはちょっと見えないが、ナカに入ると、絵本から児童文学の専門書までよく揃っていた。
街のほうに引き返し、〈銀河堂〉という喫茶店へ。いい音楽を流している、コーヒーのうまい店。そこで一休みして、小さな飲み屋街の中にある〈こんぱる〉という中華料理屋へ。座敷に陣取り、次から次へと出てくる料理をたいらげながら、本のこと、作家のことなどのハナシに花を咲かせる。このグループではいちばん年下のぼくも、ああだこうだとイロイロ喋った。そのあとさらに、地蔵さんの友達の骨董屋さんの自宅で、焼酎の緑茶割りを飲みながら、楽しい議論は続いた。
今夜は地蔵さんのところに泊まるという同行者を残して、ぼくは一足先に帰ることに。西武池袋線の車中で、池袋の古本市で買った島村利正の『秩父愁色』を読む。偶然だが、飯能に隣接した秩父盆地を舞台とする小説だ。
「寄居で乗換えた電車が、荒川に沿ってはしりはじめると、周囲はもう秩父の山であった。武蔵野の端から小皺のように重なりはじめる山々は、荒川のながれる秩父渓谷を中心に、次第にふかくなってゆく」
ちょうど初秋の秩父を描いたこの小説を読みながら、東京へと戻っていった。
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南陀楼綾繁の新刊
『路上派遊書日記』
(右文書院)
本体2200円+税 |
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ある時は大量の古本を買い込み、ある時は安居酒屋にしけこみ常連客の話に聞き入る、またある時はイベントを主催し大いに盛り上がる……仕事と私事の間をあっちへふらふら、こっちへふらふらのナンダロウ的生活。ブログ「ナンダロウアヤシゲな日々」の2005年分から精選し、300項目の注釈を付す。[巻末対談]南陀楼綾繁×畠中理恵子(書肆アクセス) |
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2006年10月26日更新
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まで
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