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第24回
「ヱビスビールは
パンの味がしないかい?」の巻 |
私は下戸である。小学四年生のときに父の勤務先の慰安旅行についていき、宴会で出たビールをいたずらでコップ一杯飲んだら、タクシーの中で気分が悪くなった。あれは、子どもの時だからとたかをくくって、大学生のときに焼肉屋でビール大ジョッキ一杯飲んだら、帰り道で腰は抜けるし、頭が心臓になったかと思うほどドキドキして、大変な目にあった。第一、ビールの味を苦いと感じてしまい、金輪際飲もうと思わなかった。
だが、ある時からビールが少し飲めるようになった。飯でも食おうと居酒屋に入ったとき、友人が「ヱビスビールありますか」と頼んだ。聞きなれないビールなので、「ちょっと一口飲ましてくれ」とコップに口をつけたら、驚いた。あまり苦くない。なんだかパンを食べているような味わいでおいしいのである。私は次の日、事務所の近くの酒屋でおどおどと「ヱビスビールというのはありますか」と聞き、柿の種といっしょに買った。プシュと缶を開けて、チョビチョビと飲む。これだよ、この感じが大人の時間っていうの? 至福のひとときだ。ただ、おいしいとは思うけれど下戸体質までは直らない。サッちゃんがバナナを半分しか食べられないように、私には缶ビール半分が限度だ。苦さという味覚的にビールが苦手という人はヱビスビールを試したらいいかもしれない。
「恵比寿ビール」(当時の表記)は明治二十三年(一八九〇年)に日本麦酒醸造会社から発売された。なぜ恵比寿という名をつけたかは明らかではない。おそらく「恵比寿・大黒」の神様からきた縁起がいい名前からだろう。「ビール工場があった土地は、当時、目黒村三田と呼ばれていまして、恵比寿ビール人気にちなんで周辺や駅名が「恵比寿」と名づけられました」(サッポロビール株式会社)。
明治期にはたくさんのビール会社とブランドがあったが、日露戦争後の景気後退で、明治三十九年に札幌麦酒と大阪麦酒(朝日ブランド)、日本麦酒が合併し、シェア七割を超す大日本麦酒が生まれた。恵比寿ビールは東京下町を中心に人気を集めたが、第二次世界大戦中にいったん姿を消す。配給制となったビールは個別ブランド廃止となり、ラベルは単に「麦酒」と統一表記されるようになったからだ。
戦後、昭和二十三年になって、GHQの指導により過度経済集中排除法ができ、マンモス会社だった大日本麦酒が日本麦酒(恵比寿・サッポロ)と朝日麦酒(朝日・ユニオン)に分割される。日本麦酒は、サッポロと恵比寿の二つのブランドを得たが、営業戦略の面から、当初はニッポンビールというブランドに統一した。だがこの作戦は当たらない。そこで昭和三十一年に北海道でサッポロビールを復活発売したところ好評を博した。翌年全国発売し、昭和三十九年にはサッポロビール株式会社と社名変更を行った。
また、ヱビスビールを知っている戦前からの酒店経営者からの復活ラブコールに応え、昭和四十六年にはヱビスビールも復活した。目標としたのは麦芽一〇〇パーセントのドイツビール。バイエルン産のアロマホップを使い、アルコール度五パーセントで発売した。
「名品。いま、よみがえる」というコピーで復活したヱビスは、口コミでじわじわと売上を伸ばしていった。その作戦のひとつとして、「金ヱビス・銀ヱビス」がある。これは、栓の裏側のコルクをはがした時に金・銀のヱビスがでると、金・銀それぞれのヱビス像のお守りをプレゼントするというセールスプロモーション(販売促進)の手法だ。
ヱビスは中びん価格で十五円高いプレミアムビール。これまではお祝いだから、給料日だから、という理由をつけて飲むという購買シーンだった。しかし今後は「すごく贅沢ではなくて、ちょっと贅沢。『今日は頑張ったから自分にごほうび』という感じで気軽に飲んでもらいたいですね」と、恵比寿ブランド担当者は語る。プレミアム性を保ちながら、ライト感覚で。そんなバランスをとりながら日常の中へ浸透させていきたいというのがヱビスの願いだ。
●毎日新聞を改稿
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2006年8月24日更新
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