No.43 大正4年に福島県若松市で生まれた『筆墨架』と東山温泉

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ご紹介する『筆墨架(ひっぼくか)』は、今回骨董ジャンボリーでつれて帰ったモノの中で、一番ヒットかも‥‥って思いながら、ニンマリと眺めている私です。元箱入りで、説明書付き。本体はブリキでありながら、状態よく、素晴らしい出会いとなりました。さて、なんでしょう?
墨&筆置きです。それも、尋常小学4学年生の菊池英樹君(9年6ヶ月)の発明品で、なんと、"皇太子殿下、雍仁親王殿下、宣仁親王殿下、賜御愛用之光榮"と箱に大きく書いてあります。説明書を読んでみると、先生が生徒たちに、「机の上が汚れないように、工夫をしてみなさい」と話したところ、菊池君が、1本の針金と1枚のブリキの板から、筆墨架の案を提出してきたそうです。これを見た先生をはじめ、校長先生も、9歳の子供が生み出した、小さな発明を喜び、果ては市長さんや知事さんからも褒められ、ついには、当時の皇太子殿下、淳宮殿下、髙松宮殿下の御愛用の光栄を賜ったというから、素晴らしいですね。それも、筆墨架本体のブリキ部分には、月桂樹で囲まれた菊池君の顔がプリントされており、発明品で顔入り商品なんて、あまり見ませんから、ますます楽しくなります。製造元は、金粉問屋、菊池三樹商店。菊池君と関係あるお店なのでしょうか。

43-3.JPG筆墨架は、新案特許番号が明記されていたので、早速調べてみると、大正4年4月8日に、"考案者・菊池英樹"として、実用新案登録されていました。福島県若松市(現・会津若松市)の方です。登録内容は、筆墨架の構造についてなので、写真を見ていただけばいいとして、使用方法はブリキの板に墨をのせて、筆は上の波のように曲げた針金部分に置くそうです。そうすることにより、机や床に筆が落ちて汚れることがなく、子供は汚れた筆を噛むこともなく、衛生的であるとのこと。説明書に書かれた長所を引用させていただくと、

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一、机上の整理を能くし、且つ清潔を保つ事。
一、筆の転げ落ちるを防ぐ事。
一、塵埃の付た筆を噛むを防ぐ衛生上の事。
一、図画の時色筆の混同を防ぐ事。
一、筆の早く切れるを防ぐ経済上の事。
一、発明心を刺激奨励する事。

43-5.JPGだそうです。単純な話といえば、そうなのですが、今から96年前のお話です。元箱をよく見ると、"會津東山ラヂーム温泉元湯 旅館 有馬屋"とあり、小さな文字で「発明心奨励のため、御来遊の記念として、御子様方の御土産」と書いてあります。ナルホド。若松市の子供が発明した筆墨架を、旅館のお土産として販売していたのですね。地元の方々の喜びが伝わってくるようです。ちなみに筆墨架本体には、「発明心奨励トモナレバ誠ニ光栄ト思ヒマス」と本人のコメントも入っています。なんとも微笑ましい文房具といえそうです。

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 さて、この"會津東山ラヂーム温泉元湯 旅館 有馬屋"ですが、戦前に配られた東山温泉の観光案内と、絵葉書があるので、ご紹介します。まずは、『會津東山温泉案内』に描いてある地図です。会津若松駅から東山温泉まで書かれた細長い地図(鳥瞰図)なのですが、東山温泉のところだけ大きくして見ると、ありました!中央の旅館が集まっているところに、"有馬屋"と書いてあります。筆墨架は、ここで販売されたのですね。

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次にご紹介する街並みの絵葉書ですが、地図と絵葉書を照らし合わせてみると、左側に看板が見える旅館、有馬屋っぽくないでしょうか? 残念ながら、旅館名が読めないのですが、3文字だとはわかります。川沿いで、橋の左側にあり、川の奥にも旅館が見えることから、有馬屋って気がするのですが‥‥。ちなみに、有馬屋は、"元湯 有馬屋旅館"として、現在も営業しておられます。

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最後の1枚は、東山温泉場の全景。ゆっくりとくつろげそうな、山間の中にある温泉街です。今の東山温泉は、どんな感じなのでしょう。"会津東山温泉観光協会"の地図と昔の地図を見比べたら、同じ名前の旅館は、数件あります。なんだか、ワクワクしてきました。ぜひとも行ってみたいです。

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    さえきあすか -asuka saeki-
    忘れ去られてしまいそうな、昔なつかしいモノたちに魅せられて、コツコツ集めています。古くさいけど、あたたかくて、あたらしい。そんな愛すべきガラクタたちをご紹介します。

    旧サイト連載:
    駅前ガラクタ商店街
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このページは、さえきあすかが2011年8月 5日 20:20に書いたブログ記事です。

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