2011年9月アーカイブ

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暑い暑いといっていた9月も残りわずかとなりました。近頃急に秋らしくなり、気温も下がったので、ホッとひと息です。でも、あまりにも急な変化なので、風邪をひかないように、服装も考えないといけません(夏風邪は、3週間くらい続きましたから)。思えば、ここ数年、服装なんて考えるどころじゃありませんでした。ニット好きな私が、Tシャツ、フリース、トレーナーと、動きやすく、洗濯しやすい服装に変わり、日焼け止めすら忘れるような毎日(当然ノーメーク)。そして、大好きな革の鞄をやめて、軽さ重視で、ラシットに変更。人って、変われば変わるものです。けれど、そろそろ、少しずつでよいので、生活を戻していきたい、なんて思ったら、サイズ増‥‥。笑うしかありません。それに、"食欲の秋"ではありませんか。ごはんも美味しいし、サイズを落とすのは、ちょっと無理かも。

ごはんといえば、田んぼも、稲刈りがはじまり、黄金色の美しい季節ですから、広大な田園風景を見に出かけたくなります。そんなことを思っていたら、東京ドームのとなりにある小石川後楽園に行った時に、小さな田んぼを見つけました。以下3枚の写真が、その田んぼなのですが、案山子が凝っていてビックリした上に、まわりに高層ビルや、ドームの屋根が見えるのが、なんとも不思議で、感激したのでした。

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 麦わら帽子に、おさげがお似合い。金魚柄の浴衣も可愛いです。

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 水戸黄門は、笑いました。

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 この案山子は、ちょっと怖いと思うのは、私だけ?

今回ご紹介するのは、たわわに実った稲穂つながりで、雀と稲穂が描かれた、図変わり印判のお皿です(直径約150ミリ)。雪が谷大塚にある"道具屋 福や"で求めました。ご主人も雀がお好きで、ずっと手元に置いていた、お気に入りのお皿だと聞き、とても嬉しかったことを、よく覚えています。それにしても、古い器をいろいろ見ていると、雀が描かれたモノって数が多くて、いかに雀が、人々の暮らしの中にとけ込んでいて、愛おしく思われていたかが、うかがい知れるのです。私の手元にも何枚か雀が描かれたモノがあり(No.32参照)、少しずつ、ご紹介していこうと思いますが、この雀は、フワフワした羽から、ちょこんと小さな足が出ている姿も、優しい感じの表情も、なんともいえず可愛らしく、手元にいる器の中で、ベスト3に入る絵柄だと思います。

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おまけ

台風15号、すごかったですね‥‥。わが家も、翌朝玄関を開けたら、通路に落ち葉や枝が散乱。こんなに通路に物が落ちていたのは、7年目にして、はじめてです。ここのところ毎年異常気象といっている気がします。

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歩きはじめて、まともに水たまりと向き合った娘。しばらく戦っていました。水たまりと。当然、靴と靴下はビショビショ‥‥。

 

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上野松坂屋に行ってきました。目的は屋上です。デパートの屋上って、最近では遊具が減少気味だと聞きますが、松坂屋はどうなのでしょうか? 子供の玩具売り場の探検も兼ねて、行ってみることにしました。だって、子供が歩くようになって、毎日外に出たがるのです。玄関に行っては、自分の靴を持って歩いたり、親の靴を投げたり、アピールがすごい! もちろん私だって、リクエストには答えたい。いろんな物を見せてやりたいと思うわけで(1歳の記憶なんてないけど)、シブイ街並散歩は得意ですが、たまにはカラフルな玩具がある場所でも見せようと思いました。 

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上野松坂屋といえば、テレビのワイドショーでは、北海道の催事や、お中元、お歳暮の売れ残り商品を、格安で販売するなど、企画のおもしろいデパートとして、よく取り上げられています。一度、格安販売の時に、のぞいたことがありますが、本当にすごい人で、割り込む根性のなかった私は、そそくさと退散しました。

さっそく屋上に行ってみると、懐かしい感じのする、私好みのベタな屋上といいましょうか(スミマセン)。都内のデパートでこれだけ遊具が並んでいるところは、少ないのではないかと思いました。夕方に行ったせいか、人も少なく、娘は、はじめてみる大きなアンパンマンや、ピカチュウに大興奮。反応がおもしろくて、思わず私もニコニコしちゃいます。

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大人気ない私は、つい本気でワニたたきに参戦。娘の目線で、ワニが出てくるので最初は喜んでいましたが、最後は一度に全部出てきたワニに大泣き。慌てて離れました。ごきげんとりということで、一緒にトーマスに乗って、金魚を見たり、ゲーム機のいろんなスイッチを押してみたりと、彼女なりに楽しんでいるように見えました。55-3.JPG今回は、そんな上野松坂屋にちなんで、戦前の"記念繪葉書 松坂屋(東京・上野)"をご紹介します。袋に3枚入っていました。まず1番上は、イラストですが、関東大震災後の新店舗として、昭和4(1929)年4月1日に開店した、新築落成の上野松坂屋を描いたモノです。ちなみに、上野松坂屋の創業は、大正6(1917)年だそうですが、大正12(1923)の関東大震災で全焼し、昭和4年に再建したのです。この新館で、エレベーターガールが、はじめて登場し、新聞には「昇降機ガールが日本にも出来た。上野松坂屋の新館で初試み。婦人職業の新進出」と載ったそうです。"昇降機ガール"って、意味はそのとおりなのですが、表現に笑ってしまいます(松坂屋「ひと・こと・もの」語り参照)。

55-5.jpg2枚目は、1階の陳列場です。天井から照明、そして柱も豪華で、すばらしいですね。3枚目は、「飛行機上より見たる上野松坂屋」です。ご覧ください。ひと昔前の上野界隈を‥‥。私がお世話になっている(?)不忍池も大きいです。それにしても、いかに上野松坂屋が大きく、立派なデパートで、上野の象徴的存在のひとつであったかということを、見ることができます。これらの絵葉書をジッと見ていたら、今後も娘の記憶に残る、懐かしく、大好きなデパートであってほしいと、ぼんやり思ったのでした。

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今回ご紹介するのは、日本のモノではありません。イギリス製の"セロリバース"です。天沼寿子さんが書かれた『心地よい暮らしをつくる カントリーアンティーク』(集英社be文庫)を読んで知り、なんでも、セロリを葉っぱのついたまま立てて、食卓でポリポリ食べる時に使う花瓶だそうで、昔の日本の食卓では考えられない食器ですが、そこがまたオシャレというか、かっこいい気がしたのです(書籍の中では、セロリーベイズと書かれていますが、私が求めた時は、セロリバースといわれたので、こちらでご紹介します。セロリベースともいうそうです)。思えば、フランスパンやセロリって、紙袋から見えていると、かっこいいって子供の頃思っていました。セロリを食べる姿も、かっこよく見えたけど、食べてみると、期待したほど美味しくなく、ガッカリした記憶があります。なので、わが家にやってきたセロリバースは、セロリじゃなく、お花を生けているのでした。薄紫色をした、美しいガラスの器で、重さもあるので、倒れることもなく、お気に入りなのです。

この写真は、娘の雛人形を飾った時に、お花を生けて、やっぱりステキだなぁと撮影したものです。早すぎるといわれそうですが、懐かしい気持ちになったので、ご紹介しようと思ったのでした。だって、今より部屋が片付いていました。この頃は、娘がハイハイができるようになったばかりで、部屋をちらかすなんてことはなく、ずいぶん楽だったなぁ(遠い目)。今では娘が歩くたびに、さまざまなモノが床に置かれたり、すき間に詰められたり、「なんでここに、こんなものが?」と思うこと、1日のうちに数知れず‥‥。まぁ、見ていると、おもしろいんですけど、部屋の中は、整理整頓という言葉はありません。娘の手が届かないように、どんどんモノが上に積み上がり、部屋の撮影なんて、する気にもなりませんし、そういえば、お花もずいぶん買っていないなぁ。台所にいると、娘が音もなく背後に立っていたりして、「びっくりするでしょ~!」なんて、朝から大騒ぎ。思い起こせば、ちょうど昨年の今頃、今まで寝たきり(?)だった娘が、首がすわってきて、夜中にガバッと頭を起こした時も、びっくりしましたが、赤ちゃんの成長って、想像以上に早くて、日々勉強してます。

 

 気になる街角 

< 本郷館 その4 おしまい>

文京区シビックセンターの展望ラウンジから、本郷館方面を撮影してみました。赤い大きな屋根がおわかりになるでしょうか。あれが本郷館です。

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下の写真では、赤い屋根はもうありません。どれだけ大きな建物だったのかが、よくわかります。壊すのに1ヶ月はかかるとのことでした。長い間、お疲れ様でした。

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ふらりと入ったギャラリーで、直径67ミリ、高さが40ミリほどの、厚手の容器を手に取りました。なんのことはない、シンプルな形の、小さな容器なのですが、白地に赤い細い線が2本描かれ、ひっくり返してみると、右横書きで「味の素 食卓容器」と描いてあったのです。思わず「味の素って、創業いつだっけ?」と、つぶやいてしまいました。あえて「食卓容器」って描いてあることも、すごく気になります。なにか特別の使い方でもあったのでしょうか? よくわからないまま、小さくて可愛い形に惹かれて、つれて帰ることにしました。
53-2.JPGさっそく調べてみると、味の素が創業されたのは明治42(1909)年。すでに100年以上の長い年月が経過していたのでした。そして、高輪に"AJINOMOTO  食とくらしの小さな博物館"があると知りました。これは行くしかないでしょう。さすがに遠いので、自転車ではなく、娘と電車で向かうことに‥‥。しかし、ひさしぶりに乗った電車は、9月9日に電力制限が終了したせいか、弱冷房の車輌に乗ったにもかかわらず、すごく寒い! 日頃乗らないからそう思うのでしょうか。でも、前に座っていた女性も寒がっています。私は、湯たんぽのような娘を抱っこしていて、ちょうどいい感じでした。ひさしぶりの電車では、人の多さに驚いたのか、娘はキョロキョロ。慣れてくると、となりの人をさわりだすので、椅子に座らず、立っていきました。高輪近くになると、ほとんど人がいなくなったので、車内を歩かせてみましたが、案外平気で歩くもんです。エライ、エライ。
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さて、博物館に入ると、ありました! ありました! 「味の素 陶器製食卓容器」として展示してありました。が、残念なことに(?)、フタがついているではありませんか! ガーン。フタもあったのかぁ~。私は欠品を買ってしまったのでした。昭和9(1934)年に出まわったモノだそうです。となりには「味の素 ガラス製食卓容器」という、ガラスでできたステキな容器も並んでいました。こちらは昭和6(1931)年につくられたモノだそうで、底にローマ字で、AJINOMOTOの文字が描いてあり、これもかっこいいなぁと思いながら、眺めたのでした。それにしても、この陶器でできた食卓容器は、単にフタをのせただけのようです。骨董市場で、バラバラになって出てきても仕方ありませんね(?)考えてみると、ガラス製容器も、フタをのせただけなのですが、陶器製だと、のせただけって、なんとなく違和感を感じてしまうのは、私だけでしょうか。湿気のことも気になります。
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なにはともあれ、現物を見ることができたのは、本当によかったです。けれど、せっかく来たのですから、もう少し素性を調べたいと思いました。嬉しいことに、こちらでは2階に博物館、1階に資料館があり、食に関する書籍を閲覧することができます。荷物をロッカーに入れて、知りたい内容を受け付けで伝えると、すぐに味の素の社史コーナーに案内してくださり、『味の素 グループの100年』の中に、食卓容器を見つけることができました。

それによると、食卓容器とは、陶磁製とガラス製の、スマートな容器があり、それを各家庭で常備し、味の素を入れたのだそうです。そして、中身がなくなると、普通の缶から詰め替えるのだとか‥‥。食卓容器は、大正3(1914)年に試売され、需要の高まりから、昭和5(1930)年に入り、大々的に発売されたそうです。私は、味の素食卓容器って景品だとばかり思っていましたが、販売されたモノだったのですね。だとしたら、いつかフタだけどこかで出会えるかも知れません。それにしても、「スマートな容器」という表現は、昔っぽいというか、時代を感じて微笑ましく思えました。

でも、さすが味の素です。昭和もヒトケタの時代から、まだまだちゃぶ台が多かったであろう食卓に、こんなステキなデザインの食卓容器を提案するのですから、すごいですね。ずらりと並んだ書籍や資料から、その歴史を感じることができました。本当は、もっと読みたかったのですが、娘が許してくれるはずもなく、この1冊で、これだけわかったのはラッキーです。

53-5.JPGはじめて訪れたAJINOMOTO  食とくらしの小さな博物館は、歩きはじめたばかりの娘と、安心してまわることができました。戦前から現代までの台所の様子を、くるっと一周するだけで、見ることができる、コンパクトな展示も楽しかったです。コンパクトといっても、実によく考えられ、モノの配置も素晴らしく、もちろん、戦前からの味の素の各種容器も、当時の人気商品などと一緒に展示され、とても楽しいひとときを過ごすことができました。娘も自分の目線にモノが並んでいることが、嬉しいらしく、のぞいては歩くをくり返しています。もう少し大きくなったら、また来たいと思いました。そして、これだけのモノや書籍を、維持・管理されているAJINOMOTOという企業に、本当に頭の下がる思いです。ありがとうございました。さて、味の素といえば、「あしたのもと、味の素」ってコマーシャルは、実に上手いネーミングだと思います。なんか、元気になれそうで、実際元気になって、いい気分で博物館を後にしたのでした(娘がぐずりだす前に‥‥)。

*食卓容器等の写真は、受け付けの方にお断りをして、撮影させていただきました。

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話は変わりますが、底の器だけ買ったモノといえば、緑色の二重線が描かれた"国民食器"と呼ばれる丼があります。大きさがちょうどいいと思い、買ったのですが、これもフタがあったのに、器だけ買ってしまったのでした。もちろんフタの存在を知ったのは後の話。ちょっと悲しいものがありますが、仕方がありません。"時のかけら~統制陶器~"を書いておられる、りちょうけんさんも、フタを伴うモノは少ないと書いておられます。古いモノは、元箱入りででてくることは、まずありませんから‥‥。出会った時に、気に入るか気に入らないか、その気持ちだけですよね。丼は、よく見ると二重線の色も白地の色も違います。この微妙さが気に入って2つ買いました。当然のことながら、底の番号も違い、濃い緑色のほうは「岐700」。少しねずみ色っぽいのは「岐668」(だと思う)と描いてあります。

それぞれフタがないのは残念ですが、わが家にやってきたのも、ご縁です。大切に使っていきたいと思います。

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わが家には、比較的キャラクターモノは少なく、へんてこなガラクタばかりいるのですが、前回、戦前の漫画『こぐまのコロスケ』が描かれた子供茶碗をご紹介したので、今回も戦前漫画"正ちゃん"のコースターをご紹介したいと思います。‥‥と、その前に、正ちゃんとは、大正12(1923)年から『正ちゃんの冒険』(画:樺島勝一 作:織田小星)というタイトルで、描かれた有名な漫画です。主人公、正ちゃんのトレードマークである、大きなボンボンが頭上についた毛糸の帽子は、「正ちゃん帽」と呼ばれ、当時の子供たちの間で大流行したそうで、キャラクター商品の先がけなんだとか。52-2.JPG

復刻版『正ちゃんの冒険』(発行:小学館クリエイティブ 発売:小学館)を読んでみると、正ちゃんの服装や、色使いのセンスのよさに驚かされます。書斎のシーンもありますが、木製の立派な机を前にして、水色の布製のゆったりとした椅子に足を組んで腰掛ける正ちゃんに、私もこんな書斎が欲しい! なんて、真剣に思ってしまうほどです。相棒であるリスも愛敬があって、可愛らしく、見ているだけで、ほのぼのしてくる絵柄に、子供たちがあこがれたのは、よくわかる気がします。

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当時流行をつくった正ちゃんは、新しいモノがよく似合います。それは、私の手元にいる、直径75ミリほどの陶器製コースターにも描かれていました。

・海の上を悠々と飛行する、大きな飛行船を眺める正ちゃんとリス。
・湖の向こうに見える巨大な五十の塔を、カメラで撮影しようとする正ちゃんとリス。
・倒れた木に腰掛け、なにやら楽しそうに話す正ちゃんとリス。

飛行船とカメラが描かれているだけでも、昭和初期のあこがれが伝わってきて、嬉しくなります。このコースターの上にグラスを置いて、何を飲んでいたのでしょう。なんだか、とても美味しそうに思えます。ちなみに、コースターと出会ったのは、阿佐ヶ谷にあった骨董屋です。オーナーも気に入っておられたのか、白い壁にかかっていました。もう少し飾っていたいようでしたが、なんとか譲っていただき、喜んでつれて帰ったことを、よく覚えています。

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2月中旬の話になりますが、浅草橋にある"顔が命の吉徳"で、娘の雛人形を買いました。たくさんある中で、パッと目があった、とても優しい顔の人形を選び、こんなふに、穏やかに育ってほしいと願います。その後、自分用に正ちゃん帽を買いました。どこで買ったのかというと、オープンした時からずっと行きたいと思ってきた、高架下ショップ、"2K540 AKI-OKA ARTISAN"です。オープン当初、連日テレビで紹介されていましたから、ご存知の方も多いと思いますが、その中の帽子屋"イフティアート"で、買いました。ちょうど50%オフでお買い得だったのも嬉しく、毛糸の帽子は、あったかくて、ボンボンも可愛らしく、シンプルな仕上がりなのも気に入って、そのままかぶって帰ったのでした。

52-6.JPGこの商店街では帽子をはじめ、絣製品や竹製品、つげ櫛、やきもの、鞄、傘にアクセサリーなどなど、きちんとつくってあるモノを、一同に見ることができます。薄暗い高架下を上手く活用し、小さなお店がギュッとつまっている感じは、とても楽しげで好きなのですが、「ニーケーゴーヨンマル、アキオカ、アルチザン」という商店街名(?)は、いいにくいし、覚えにくいと思っているのは私だけでしょうか。

さて、今日は自転車で散歩をしていたら、コスモスの花を見かけました。もう、秋なのですね。もう少し寒くなったら、正ちゃん帽をかぶって出かけたいと思います。

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ひさしぶりの再会だと思いました。かれこれ何年ぶりでしょうか。少なくとも、結婚後には見ていないので、7年以上経過しています。古いモノの魅力に惹かれて、どんどん追求していた頃、とても読みたいと思った漫画のひとつ。吉本三平さんによって、戦前に描かれた、『こぐまのコロスケ』に、ふらりと入った古道具屋で、再会したのです。それは、漫画本ではありません。直径が90ミリほどの、小さな子供茶碗です。棚の上に、印判の小皿などと一緒に並んでいました。赤い帽子に、赤いストライプのズボンがお似合いのコロスケは、漫画を読んでいなくても、自然に頭に入ってくるほど有名でした。というのも、のらくろと一緒に描かれたり、当時のキャラクターを収集していた先輩たちに、よく聞いたからです。

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いつかは読みたいと思いながらも、モノに視線が集中していた当時は、漫画本にまで手がまわりません(お金もないし)。そんな時、たびたび訪れた下北沢で、とても可愛らしいコロスケと出会いました。ところは"甘辛人生劇場 懐かし屋"。1960代の玩具やキャラクターグッズをメインに商っておられる、有名なお店ですが、若い(?)品物にまじって、ところどころに戦前のかっこいいガラクタが並んでいて、私は宝物を発掘する気分で、足を運んでいました。そんな店内に、コロスケのぬいぐるみがディスプレイしてあったのです。小さなちゃぶ台にのったロールケーキを前にして、とても嬉しそうに、ちょこんと座っている姿を、行くたびに、可愛いなぁと眺めていたのは、私だけではないはずです。今は飾ってあるかはわかりませんが、お店のオーナーさんも、なんとなくコロスケに似ているような気がして(スミマセン)、ニコニコと眺めていました。そんなコロスケと、漫画より先に、お茶碗に再会したのでした。

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子供茶碗には、コロスケとタヌキのほかに、赤いチューリップと、笑ったウサギが描いてあります。ウサギは、コロスケのお友達なのでしょうね。なんともユニークな顔で、見ている私まで笑ってしまいます。赤い縁取りも可愛らしく、これから娘が使うには、ちょうどいいと思いました。が、前回のこともあるし、まずはプラスチックの器からはじめて、割らないようになってからです(だいぶ先の話ですね)。

このお茶碗と出会ったのは、谷中にある古道具屋、"古道具ネグラ"です。ネグラとは、「ねぐらに帰る」のねぐらだと思いますが、古道具のねぐらだなんて、かっこいい店名だなぁと、以前から思っていました。実は、お店に入ったのは4回目。購入したのは、今回がはじめてです。店内には本棚や引き出しなどの家具類をはじめ、今すぐにでも使いたいシンプルな食器やガラスのお皿、文房具などが飾ってあります。娘がぐずぐずいって焦りましたが、優しい女性の店員さんが相手をしてくださり、安心して買い物ができました。つくづく谷中には、いろんなお店があって、通うたびに発見があり、楽しいです。ただ、似たような細い道がたくさんあるので、私は何度も道に迷って、古道具ネグラにたどりつけないこと数知れず‥‥。

さて、ひさしぶりにコロスケの漫画が読みたいと思った私は、探してみたのですが、簡単には見つかりません。現状では探しに行く余裕もないので、気長に探すことにしたのでした。51-4.JPG

余談ですが、8月30日に娘が道路デビューしました。部屋の中では歩いていたのですが、道路だと怖がって歩かなかったのです。それが、少し歩いては、しゃがみこんで、道路を触ったり、塀をたたいたり、とても嬉しそうです。母子ともに成長したなぁ‥‥。なんて、しみじみ思いながら、ドテドテ歩く娘を眺めました。乗せると大泣きしたベビーカーも復活させ、疲れたら、たぶん乗るだろうと思っていたら、案の定乗りました(ベビーカー処分しなくてよかった)。 本当に抱っこ紐でのお散歩は、秒読みって感じになってきましたね。これからは、娘を歩かせるので、遠方の散歩は行けなくなるかなぁ~。でも、次は、自転車に子供用の椅子を付けての探検です。これまた楽しみです。

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おしまいに

台風12号による紀伊半島を中心とした大きな災害に、なんでまた‥‥と悲しい気持ちで、いっぱいです。東京に降る1年分の雨が、5日間で降るなんて、想像もできません。故郷である鳥取も、想像を超えた雨量に、家族は、ただただ台風が通り過ぎるのを、じっと待っていました。思えば今年のはじめは大雪で、境港は大きな被害を受けましたが、そんな被害も忘れてしまうほど、とてもとても大きな災害、東日本大震災が起きました。その後も日本各地で、たび重なる自然災害が発生し、今回の台風12号です。相手が自然なだけに、なんともいえない気持ちになります。

どうか、被災された方々が、1日も早く、心身ともに元気になられますように。

心より、お見舞い申し上げます。 

 

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窓を開けたら、一面に青空が広がり、とても気持ちがいい、日曜日の朝です。まだ6時半ですが、この界隈は布団を干すのが大好きな人が多く、わが家をはじめ、数件がいっせいに布団を干しはじめました。洗濯をしながら、娘に"あつまれ!ワンワンわんだーらんど"を見せ、終わったら散歩を兼ねて、靖国神社青空骨董市へ行ってみようと思いました。

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50-7.JPG今回の骨董市は、今まで見た中で一番多い出店数でした。キラキラ太陽の光をあびて、木々の間に並ぶお店は、なんだかとてもきれいに思えます。ふと、小さな可愛らしいガラスの小鉢を見つけました。薄緑色で、細かい模様のプレスガラスもステキです。2つあり、お安くしていただき、これはびっきさんに紹介しようっと、なんて思いながら、ひき続き、キョロキョロと見てまわります。骨董市のすぐ近くには、おそばやカキ氷、アイスクリームなどを食べることができる外苑休憩所があり、それも、懐かしい感じのする古い建物で、足を踏み入れた途端に、観光地にきた気分になります。娘も大喜びで、椅子に乗ったり、降りたりを繰り返し、自動販売機に興味津々で、触って観察しています。もう少ししたら、抱っこ紐を使わなくなるんだなぁと思いながら、よそ見をした瞬間、ガシャンという嫌な音が‥‥。50-4.JPG

 

50-5.JPG一瞬の油断でした。娘がさきほど買ったばかりのガラスの小鉢を、地面に投げたのでした。娘が悪いのではありません。そばに置いた私の不注意です。当然のことながら、小鉢は2つとも割れていました。あ~あ~。‥‥‥。

ここからは、自分の気持ちをどう納得させるかなのですが、娘がケガをしたわけでなし、お財布を落としたわけでなし、自転車が盗まれたわけでなし‥‥と、もっと悪いことを想像しながら、大きく深呼吸をして、気持ちを切り替えたのでした。とはいっても、このまま何も買わずに帰るのは、なんだか納得がいきません。こういう気持ちの時が、一番危険なのですが、仕方ありません。またまた娘と会場へ戻り、キョロキョロ物色しつつも、ピンと来ず、なにもないなぁと思った最後のお店で、視界に飛び込んできたのが、京王線の各駅に置かれていたという、記念スタンプでした。それも、鳥が描いてあるのです。いろんな種類の鳥がありましたが、キジバトが欲しいと思いました。

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50-9.JPG実は、キジバトには縁がありまして、昨年ケガをしたキジバトを旦那サンが連れて帰ってきたのです。慌てて近所のお店で、子犬用のカゴや止まり木、鳩用の餌を買い、まずは弱った鳥は温めることだと、旦那サンは、使い捨てカイロをタオルに包んでカゴに入れ、様子を見ることにしました。しばらくすると、キジバトは賢いですね。自分に危害を加えないと思ったのか、餌を食べはじめました。

家の中にいるキジバトは、案外大きいので、玄関にカゴを置いたのですが、ドアを開けると、狭い玄関の半分を占領して、キジバトがいる光景が、なんともおかしく、ほとんど鳴かないキジバトが、もぞもぞ動きながら、私を見ている姿も、とても可愛かったです。そして、2週間が経ち、もう大丈夫だと、旦那サンが判断して、早朝ベランダから離したのですが、立派に飛んでいった時は、さびしかったけれど感激しました。そんな経験から、キジバトには思い入れがあるので、スタンプを買うことにしたのです。このスタンプには、"京王線 上北沢"の文字もあります。いつ頃まで使われたモノなのでしょうか。ほかにも何種類か鳥のスタンプがありましたから、京王線沿線には、鳥が多いということなのでしょうか。

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50-3.JPGしかし、自転車で帰る途中、カゴに入れた小鉢が、カシャカシャと、いかにも割れたという感じの音を立てるのが、なんとも空しく、申し訳ない気持ちになりました。今回のことを反省して、娘とモノは、距離を置くことにしたいと思います。

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    さえきあすか -asuka saeki-
    忘れ去られてしまいそうな、昔なつかしいモノたちに魅せられて、コツコツ集めています。古くさいけど、あたたかくて、あたらしい。そんな愛すべきガラクタたちをご紹介します。

    旧サイト連載:
    駅前ガラクタ商店街
    …昭和以前の生活雑貨録

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