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第25回
思わず口から出した「ホールズ」の巻 |
高校二年生のころ、よく学校をさぼったものだった。今のようにブレザーの男子制服が多くない時代だったので(うちの学校は千葉の公立で最初のブレザー着用高校の一つ)、ブレザーの制服姿で真昼の盛り場を歩いていても大丈夫だったのである。本が好きな私は、千葉から電車に乗り、お茶の水で降りて神田の古本屋街で時間を潰すことが多かった。サボった理由は特にない。そういう年頃だったのだ。その頃のお茶の水駅前には、「丘」や「ウィーン」などの名曲喫茶が残っており、コーヒー一杯で半日ねばっていても追い出されない。そして薄暗さとBGMのバロックが心地よい。いま、「癒し空間」が注目されているが、名曲喫茶こそがわが心の癒し空間である(もちろん、青年時代の甘い記憶と結びついているせいもあるけどね)。
ある日、いつものようにお茶の水で降りて、横断歩道を渡ろうとしたら、きれいなお姉さん(当時は「キャンペーンガール」なんて知らない純情時代)に何か渡された。それは小さな袋に入った飴だった。なんとなくグッドタイミングだったので、すぐに袋を破き、口に放り込んだ。途端、口の中がメンソールの辛さで一杯になり、思わず手のひらに吐き出した。
「なんだなんだこの飴は、コーヒーが飲めなくなるじゃんよう」。
私は、もしかしたら飴を渡されたのではなく、メンソレータムの試供品だったのかと思って、しげしげとその品をながめた。とてもじゃないが到底全部なめられない。悪いけれど私は歩道のくさむらにそれをそっと、口からポイした。
これが私とホールズというハードキャンディの出会いである。第一印象は悪かったが、後には「おいしいな」と思いながらのど飴としてなめるようになるのだからわからないものだ。思えば液体口中清涼剤『モンダミン』との出会いもそんな感じだった。。
ホールズはもともと一九三〇年にイギリスのマンチェスターで生まれた。同地は工業地帯で空気の汚染がひどく、加えて北海から冷たい北風が吹きすさび、喉のコンディションにとっては過酷な土地柄であった。そこで、石鹸とジャムを作っていたノーマンとトーマスのホール兄弟がメントールとユーカリオイル入りのハードキャンディを作り、喉の痛みに苦しんでいる人を救う「ホールズ メント・リプタス」を発売して、好評を得たという。
ホールズ兄弟社のホールズは、現在、ワーナーランバート社(今はキャドバリー・ジャパン社)が販売しているが、日本に上陸したのは二八年前のことであった。メントリプタスとハニーレモンの二種類の味で、九個入り一〇〇円。
「以前から、ガムなどのお菓子を日本で売っていたのですが、販売網が整備できず、八〇年に一時、営業を縮小して関東圏だけに絞ったのです。そのときちょうどホールズを発売したところ、ヒットしまして全国に当社のお菓子が並ぶようになりました」(ワーナー・ランバードINC、取材当時)。
日本のマーケットから撤退するかどうかの瀬戸際、当時の社長は、「商品とエリアを絞ろう」と考え、世界で売れているのど飴のホールズを投入、相当な広告を行い、成功を納めたのであった。社内には「このような飴は売れないだろう」という声もあり、テストマーケティングをした際も、ペッと口から吐き出す消費者が出るほどのショッキングな飴であった。
しかし、単なる飴という位置づけでなく「喉を爽快にする刺激」というアピールが受け入れられ、二年後には生産が間に合わないほどの売上となった。この喉や鼻への刺激をヴェイパーアクション効果と呼ぶ。成分のユーカリオイルとメントールの相乗作用で蒸気のように口の中から鼻にスーッと抜けていく。ホールズを舐めながら口を閉じ、鼻で深呼吸をするようにするとうまくいく。この方法を知らない人もいるらしいが、それではホールズの楽しみが半減してしまう。花粉症で鼻が詰まりやすいひとにはいいかもしれない。
世界三四カ国で売られているから変な味のもある。インドでは「ジンジャー味」があるそうだ(平成17年現在では日本でも販売している)。また、日本ではお菓子だが、英米では医薬品のコフドロップとして売られ、ヘビーユーザーも多い。二〇本以上食べてしまう人もいるので「一日×本以上食べないで下さい」と注意書きがしてあるという。
スティック包装で一〇〇円の飴の元祖は、今日もキオスクの売店店頭に並び、通勤客の喉を爽快にしている。
●毎日新聞を改稿
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2006年11月8日更新
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