No.57 大正12年に発売した"仁丹の薬歯磨"の、シブイ真鍮製缶

57-1.JPG明治生まれの祖母の部屋は、いつも、きちんと片付いていました。それも、見た目がすっきりとなるように、大半の物を押し入れや、納戸にしまい、引き出しの中も、缶や箱で上手に仕切られ、ボタンはこの箱。野菜の種はこの缶。いただいた手紙は、この箱というふうに、それぞれの物に場所が決まっていました。なので、部屋の模様替えが好きな私の、よく変わる部屋を見るたびに、「真っ暗な中でも、どこになにがあるのか、わかるように片付けなさい!」って、よく怒られたっけ‥‥。

そんな祖母の部屋から見える、縁側の上のほうにある棚には、祖母にしては珍しく、見せる収納といいますか、色とりどりの空き缶や空き箱が、きれいに並んでいました。今にして思えば、祖母にとっての、コレクション(?)だったのかも知れません。遠く離れた子供たちから贈られてくる、お菓子など入ったカラフルな空き缶や空き箱のひとつひとつに、祖母なりの思いがつまっていたのかも知れないと、思ったのです。棚に並ぶ美しい缶たちは、子供の私にとっては、あこがれの入れ物でした。祖母にもらった四角い平べったいお菓子の缶に、海岸でひろった貝殻や、ガラスの欠片を入れて、眺めていたことも、懐かしい想い出です。

57-2.JPG今回ご紹介するのは、大正12年に発売された"仁丹の薬歯磨"の空き缶です。仁丹の歴史は、森下仁丹歴史博物館を見ていただくとして、私が子供だったら、祖母の部屋にあったとしても、手に取ることもないであろう、真鍮製のシブイ缶です。大人になったからこそわかる、かっこいい楕円形の缶(横幅105ミリ。高50ミリ)といいましょうか。商品名も前と後ろに彫ってあるだけなので、同色ですから撮影してもわかりづらいのですが、そんな地味さが、ますますお気に入りなのでした。もちろん中央には、小さくトレードマークも彫ってありますが、日本語表示だけでなく、ローマ字も書かれているあたりが、素敵さを倍増させている気がします。

57-3.JPG 仁丹といえば、町名表示板に仁丹が描かれたホーロー看板、「仁丹町名表示板」を紹介しておられるサイト、"京都仁丹樂會"も、たいへん興味深く、おもしろいなぁと読んでいます。京都をはじめ、大津や大阪など、関西に多いようですが、仁丹探しからはじまった探検は、文化や産業、歴史などの探究にもつながり、それらをていねいに紹介しておられるのです。なんだか、古物の発見とも似ていると思いました。私も、こうして縁あって、大正時代に生まれた"仁丹の薬歯磨"と出会えたからこそ、仁丹の歴史など、知りたいと思ったのですから。


...トップページへ

Author


    さえきあすか -asuka saeki-
    忘れ去られてしまいそうな、昔なつかしいモノたちに魅せられて、コツコツ集めています。古くさいけど、あたたかくて、あたらしい。そんな愛すべきガラクタたちをご紹介します。

    旧サイト連載:
    駅前ガラクタ商店街
    …昭和以前の生活雑貨録

さえきあすかの本

Powered by Movable Type 5.03

2014年1月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

このブログ記事について

このページは、さえきあすかが2011年10月 1日 11:11に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「No.56 雀が描かれた図変わり印判と、小石川後楽園の田んぼ」です。

次のブログ記事は「No.58 昭和7年発行『大東京名所繪はがき集』と、上野動物園通い」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。