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第27回 『案山子』 |
日溜まりの公園で、暮れなずむ街角で、夜のしじまの中で、ひとり「童謡」を口ずさむ時、幼き日々が鮮やかによみがえる…。この番組では、皆様にとって懐かしい童謡の歌碑を巡ってまいります。今回は、『案山子』です。
「山田の中の一本足の案山子…」で始まる『案山子』。小さい頃は『かかし』という曲名だと思っていましたが、正しくは漢字で『案山子』と書きます。その容貌はどことなくユーモラスで親しみが感じられますが、幼い日、夕暮れ時の田圃で見かけたそれは寂しげでちょっぴり怖さを感じました。この歌の作詞者は武笠三*、作曲者は山田源一郎**です。
『案山子』(『尋常小学唱歌 第二学年用』明治44年 に発表)
作詞 武笠三(むかささん、1871−1929)
作曲 山田源一郎(やまだげんいちろう、1870−1927)
1.山田の中の一本足の案山子
天気のよいのに蓑笠着けて
朝から晩までただ立ちどほし
歩けないのか山田の案山子
2.山田の中の一本足の案山子
弓矢で威して力んで居れど
山では烏がかあかと笑ふ
耳が無いのか山田の案山子 |
いにしえより案山子は、人々から篤く崇め、奉られてきました。田の神・水の神の憑代であり、田の所有権の標識・防護者として昼夜を分かたず立ちつくす役目を担っていた案山子は、ことごとく天下の事を知っていると信ぜられ、『古事記』には案山子の「久延毘古(くえびこ)」が大国主命に少彦名神の正体を告げる場面が登場します。しかしながら、この歌からは案山子に対する畏敬の念が伝わってきません。むしろ、案山子の様子を丹念に写生することによって神秘性をはぎ取り、それが蓑笠を着けた藁人形に過ぎないことを天下に示しているように感じられます。この歌が作られた頃、政府は「神社合祀令」(明治39年布告)の下、村の中にあった神社や小祠を1ヶ所に集める政策を推進していました。そこには、国家神道を強化し、同時に不要になった鎮守の森の木々を伐採して田畑に転用しようという意図があったといわれています。お上の命令とはいえ、人々はこれまで信仰していたお社を動かすことに多少なりとも抵抗感を抱いたことでしょう。当局は「社の移転によって祟りが起こるのでは…」と恐れる村人を安心させるために、村の小さな神々を代表する案山子の権威を貶める歌をあえて作り、子供達に歌わせたのではないでしょうか。
そんな邪推はさておいて、この歌の歌碑ですが、作詞者の武笠三が生まれた埼玉県さいたま市の「見沼氷川公園」の中に、案山子の像と一緒に立っています。ここ一帯はかつて「見沼」という広大な沼だったのですが、江戸時代の半ばに干拓されて水田地帯へと姿を変えました。この光景が武笠の心の原風景だったのでしょう。案山子像は無表情でじっと遠くを見つめ、台座には「唱歌『案山子』発祥の地」と刻まれています。交通の便はあまり良くありませんが、季候の良い時期にハイキング気分で訪れるといいかもしれません。
*武笠三 むかささん。国文学者。明治4年、埼玉県三室村(現、さいたま市)の氷川女体神社の社家である武笠家の長男として生まれる。東京帝国大学国文科卒業後、旧制四高、埼玉県第一中学校(現、浦和高)、旧制七高などで教鞭を執る。明治41年に文部省に招かれ、17年間にわたり国定教科書の編纂に携わる。その傍ら、旧制七高時代に知り合いとなったカトリックのラゲ神父の新約聖書翻訳に協力した。昭和4年に死去、享年58。
**山田源一郎 やまだげんいちろう。明治3年、東京生まれ。明治22年に東京音楽学校を卒業し、授業補助を命じられる。32年に教授となり、36年に同校を退職して神田に女子音楽学校(後の日本音楽学校)を設立。唱歌・軍歌の作曲・編曲、並びに音楽教育に尽くす。甥の妻は歌手藤山一郎の姉で、一郎は幼い頃に源一郎から音楽の手ほどきを受けている。昭和2年に死去、享年57。
[参考文献 |
『抒情歌愛唱歌大全集』ビクターファミリークラブ 平成4年 |
『河村光陽作曲 中根庸子・梅沢雅子 愛唱童謡曲集』キング音楽出版社 昭和23年 |
倉田喜弘・藤波隆之編『日本芸能人名事典』三省堂 平成7年 |
『音楽教育への挑戦』日本音楽学校 平成15年] |
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場所:埼玉県さいたま市「見沼氷川公園」内
交通:JR武蔵野線「東浦和」駅より国際興業バス「さいたま東営業所」行きで「宮本二丁目」バス停下車、徒歩7分
2005年1月11日更新
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