1枚の、この入道雲の絵葉書には、ところどころ読めない、かすれた文字で、「記憶ス 九月一日 雲 煙」と右横書きで書いてあります(空欄は読めない文字です)。その文字からわかることは、大正12(1923)年9月1日に発生した、関東大震災当日に撮影された雲だということです。どこから撮影したのかはわかりませんが、この日は決して忘れない、という思いで、シャッターを切られたのでしょう。関東大震災の絵葉書は、数多く出まわっていますが、私が持っているのは、この1枚だけです。88年前という、テレビもなかった時代には、遠方に災害を伝える手段として、絵葉書は大活躍したことでしょうね。
8月も残り少なくなったある日、言問通りの弥生坂を娘と自転車で下っていたら、目の前のビルより低い位置に、もくもくと入道雲が見えました。なんとも見事な雲で、しばらく眺めていたら、先の絵葉書を思い出したのです。思えば、夏も残り少なくなりました。そう思うと、入道雲さえ愛おしく感じられます。昔から変わらない青い空と、白い雲。風が吹くたびに、形がどんどん変わっていくので、こんな日の空は、見ていて飽きることがありません。ふと、トンボが横を通り過ぎて行きました。秋は目前です。東北は、東京よりも早く秋が訪れます。どうか、寒い冬が来る前に、それぞれの方が、今より状況がよくなっていますように‥‥。
言問通りといえば、東日本大震災の影響で、1ヶ月遅く開催された隅田川花火大会の、花火を打ち上げる場所が、言問橋だそうです。つまり、言問通りを隅田川に向かって進んで行けば、花火を間近に見ることができるわけで(実際には人が多くて無理でしょうけど)、昨年までは、谷中から先の地図は頭に入ってなかったのですが、この前浅草まで行ったので、言問橋の近くまで行かなくても、花火を見ることができるのではないかという場所が、頭に浮かんでいました。夜の散歩なんて、今までしたことがありませんが、娘もまだ寝ないようですし、旦那サンは仕事で帰ってこないので、ちょっと出かけてみようと思いました。
暗い坂道での運転は、私もビクビク、娘も驚いていましたが、なんとか目的地に到着。遠くではありますが、夏の終わりに夜空に輝く花火を、2人して見ることができたのです。それも、風が涼しくて、夏の夜というよりは、初秋の夜という感じで、少し淋しいような思いで、しばらく眺めていました。が、8時をまわると娘は抱っこ紐の中で、ストンと眠りに落ち、私はもう少し眺めていたかったのですが、娘の睡眠優先ということで、帰ることに。でも、30分くらいは見れたので、満足です。帰り道、エキスポの電気がついていました。行ってみようかな~と入口まで行くと、オーナーらしき人を発見。相変わらずオシャレで、優しそうな姿に、わが身を客観的に見ると、スッピンで、髪の毛を束ね、エプロン姿で、娘を抱っこした上に、ツッカケを履いています。う~ん。さすがに、お会いする勇気がない。ということで、帰ったのでした(娘が起きて大泣きしても困るし‥‥)。
さて、毎度のごとく話が横にそれてしまいましたが、今年も9月1日がやってきます。私が暮らしているところでは、昨年と同じように、サイレンと防災訓練の放送が流れると思います。今年は誰もが特別な思いで、聞くに違いありません。もちろん、私もです。
おまけ
ビルの間に見えた小さな花火です。娘はピカピカ光る花火を指さして「あ~」といい、上空を旋回するヘリコプターを指さして「あ~」といい、道路を走る車を指さしては「あ~」といい、大忙しでした。