日溜まりの公園で、暮れなずむ街角で、夜のしじまの中で、ひとり「童謡」を口ずさむ時、幼き日々が鮮やかによみがえる…。この番組では、皆様にとって懐かしい童謡の歌碑を巡ってまいります。今回は、『宵待草』です。
”大正ロマン”を代表する画家竹久夢二*が作詞した『宵待草』。短い歌詞の歌を聞きながら、「子供には伺い知ることができない大人の世界があるんだなぁ」と、幼心に感じるところがありました。この歌は「童謡」というよりは、むしろ「叙情歌」といった方がよいのかもしれません。歌詞は夢二の処女詩集『どんたく』(実業之日本社 大正2年11月)に発表され、バイオリニストの多忠亮**が曲を付けました。大正7年9月に楽譜が出版されると、『宵待草』はまたたく間に全国に流布し、人々の愛唱歌となりました。
『宵待草』(『セノオ楽譜』セノオ音楽出版社 大正7年9月 に発表)
作詞 竹久夢二(たけひさゆめじ、1884−1934)
作曲 多忠亮(おおのただすけ、1895−1930)
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左は夢二の「港屋絵草紙店」の版画
※クリックすると画像が拡大します。 |
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まてど暮せど来ぬひとを
宵待草のやるせなさ
こよひは月も出ぬさうな |
三行詩という短い形式ですが、歌からは次のような情景が浮かんできます。「今夜は来る」といった恋人を待つ女性。いつまでたっても男性が来ないので、もどかしいやら、せつないやらで、いつしか自分の身の上を「月見草」の別名を持つ「オオマツヨイグサ」(「宵待草」という呼称は夢二の造語)に例えて嘆きます。「こよひは月も出ぬさうな」の「月」は男性を指し、男性が来ないことを半ば諦めてこう呟いている…。
ところがどっこい。実は、来ない人を待っていたのは夢二自身だったのです。明治43年、夢二は千葉県・銚子の海鹿(あしか)島で一夏を過ごしますが、その際に「お島」という女性と恋に落ちます。月見草の生い茂る海岸で二人は逢瀬を楽しみますが、再びこの地を訪れた夢二はお島さんが他家に嫁いだことを知ります。失恋の悲しみに暮れた夢二は、月のない海鹿島の海岸で、もう来ることがないお島さんの思い出にふけったといわれています。この時の経験を元にして、『宵待草』は作られたのです。
『宵待草』の歌碑は、海鹿島をはじめ、夢二ゆかりの地に数多く建てられていますが、今回ご紹介するのは、東京のビジネス街の一角、八重洲にある「みずほ信託銀行本店」前の碑です。大正3年10月、夢二はここに自分のデザインした版画・絵葉書・手拭などを販売する「港屋絵草紙店」を開きました。間口約2間(3.6m)の店でしたが、可愛らしいものを売る店として人気を呼び、また文人趣味人が集うサロンの役割も果たしたといいます。芸術家自身がその作品を商品化し、自分の店で販売したことは、日本の商業美術史上、意義深い出来事だったので、それを記念してこの碑は建てられました。
実は、『宵待草』の歌には「第2番」があります。夢二は女性遍歴の末に昭和9年に亡くなりましたが、4年後の昭和13年に、夢二の人気にあやかって『宵待草』という映画が作られました。その際に、映画の主題歌としては『宵待草』が短すぎるとして、夢二と親しかった西條八十***によって新たに第2番の歌詞が作られたのです。ところが歌詞の中に宵待草の花が「散る」という表現があり、後日、「月見草は萎むもので、直ぐには散らない」という指摘を受けて、歌詞を訂正するはめに陥りました。そういったケチが付いたからでしょうか、今日、第2番が歌われることはあまりありません。
*竹久夢二 たけひさゆめじ。画家。詩人。本名、茂次郎(もじろう)。明治17年、岡山県生まれ。38年、早稲田実業学校専攻科中退。独特の美人画と叙情詩文で一世を風靡した。『セノオ楽譜』の表紙絵を多く手掛けたことでも知られる。昭和9年、死去。享年50。
**多忠亮 おおのただすけ。バイオリニスト。作曲家。明治28年、東京生まれ。雅楽を家業とする多家の出身だが、洋楽に専心し、東京音楽学校でバイオリンを専攻した。昭和5年、死去。享年34。
***西條八十 さいじょうやそ。詩人。作詞家。明治25年、東京生まれ。早稲田大学英文科卒。大学で教鞭を執る傍ら、童謡詩人、歌謡作詞家、近代詩人として活躍。昭和28年からは日本音楽著作権協会会長、37年には日本芸術院会員となる。代表作に『かなりや』、『東京音頭』、『東京行進曲』、『青い山脈』、『王将』など。昭和45年、死去。享年78。
[参考文献 |
『別冊太陽 竹久夢二』平凡社 昭和52年 |
中右瑛『夢二ドキュメント 波乱万丈・恋人生』里文出版 平成15年 |
倉田喜弘・藤波隆之編『日本芸能人名事典』三省堂 平成7年 |
日外アソシエーツ『新訂増補人物レファレンス事典 明治・大正・昭和(戦前)編 す〜わ』紀伊国屋書店 平成12年] |
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場所:東京都中央区八重洲1−2−1
交通:東京メトロ「日本橋」駅A1出口を出てすぐ
2005年1月18日更新
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