日溜まりの公園で、暮れなずむ街角で、夜のしじまの中で、ひとり「童謡」を口ずさむ時、幼き日々が鮮やかによみがえる…。この番組では、皆様にとって懐かしい童謡の歌碑を巡ってまいります。今回は、『通りゃんせ』です。
『通りゃんせ』は作詞者、作曲者とも不明の「わらべ歌」。外遊びの際に、この歌を歌いながら「関所あそび(くぐり遊び)」をした方も多いでしょう。音楽の授業で慣れ親しんだ唱歌達とはちょっとジャンルが異なりますが、これも広い意味で「童謡」ということができます。
『通りゃんせ』(わらべ歌。江戸時代に成立。作詞者、作曲者共不明)
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
おふだをおさめに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ |
この歌には、「七つのお祝い」のために天神様へ参詣しようとする親子と、参道に設けられた門を守る番人が登場します。「七つ前は神の子」ということわざがありますが、古くから、幼な子は神に属し、七歳で人の仲間入りをすると信じられてきました。子供が七歳になるとこれを祝って氏神様に詣で、これまで見守ってくれたことに感謝を捧げ、今後も加護を受けられるよう祈ります。歌に出てくる天神様は、親子の氏神様なのです。納めに行く「おふだ」は、安産祈願やお宮参りの際に神社から授かったものではないでしょうか。
この『通りゃんせ』の碑が、埼玉県川越市の三芳野神社に立っています。境内のはずれに「わらべ唄発祥の所」と大書した碑があり、端に『通りゃんせ』の歌詞の一節が刻まれています。三芳野神社の説明板(川越市教育委員会 平成11年)には、次のような説明がありました。
「三芳野神社は、平安時代の初期に成立したと伝えられ、川越城内の天神曲輪に建てられている。この為、『お城の天神さま』として親しまれている。この天神さまにお参りするには、川越城の南大手門より入り、田郭門をとおり、富士見櫓を左手に見、さらに天神門をくぐり、東に向う小道を進み、三芳野神社に直進する道をとおってお参りしていた。この細い参道が、童唄『通りゃんせ』の歌詞の発生の地であるといわれ、現在でも静かな環境を保持しており、伝説の豊かな地である。なお、参道は、江戸時代より若干変化している」
この説明が正しいとすれば、「天神様の細道」は「三芳野神社の参道」、参道の門番は川越城各門の番人ということになります。しかし、小田原市国府津の菅原神社にも発祥の地を示す碑があるため、目下のところ『通りゃんせ』誕生の地は確定していません。ところで、もし、三芳野神社の参道が天神様の細道なら、なぜ「行きはよいよい 帰りはこわい」となったのでしょう。おそらく、行きは神社の御札を持っているため、門番に誰何されても堂々と参拝者だと名乗れますが、御札を納めた帰り道は手元に証明するものがないため、門番に不審な目を向けられないかと内心びくびくしながら門を通らなければならなかった。その心情が「帰りはこわい」に凝縮していると考えられます。
現在親しまれている『通りゃんせ』の旋律は、大正10年に本居長世(『赤い靴』や『十五夜お月さん』の作曲者)が東京の旋律を元に編曲したもので、ピアノ伴奏付きの歌曲は幼稚園や小学校の遊戯教材・歌唱教材として全国的に採用されました。その結果、各地域で古くから歌い継がれてきた旋律がほとんど絶えてしまいました。日本の調べを愛した本居の手によって、各地のわらべ唄が失われる。「画一的な音楽教育が生んだ悲劇」としか、いいようがありません。『通りゃんせ』にはそんな別の一面があるのです。
[参考文献 |
尾原昭夫『日本のわらべうた 戸外遊戯歌編』社会思想社 昭和50年 |
『故事俗信ことわざ大辞典』小学館 昭和57年] |
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場所:埼玉県川越市郭町2−26 三芳野神社
交通:JR川越線、東武東上線「川越」駅より東武バスで「札の辻」バス停下車、徒歩15分
2005年2月25日更新
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