日溜まりの公園で、暮れなずむ街角で、夜のしじまの中で、ひとり「童謡」を口ずさむ時、幼き日々が鮮やかによみがえる…。この番組では、皆様にとって懐かしい童謡の歌碑を巡ってまいります。今回は、『四丁目の犬』です。
最近は余り目にしなくなりましたが、小生が子供の頃には多くの野犬が町中を我物顔でうろついていました。ゴミ箱を漁ったり、子供を追いかけたりと悪さをしたため、役所がしばしば「野犬狩り」をしたのですが、なかなか数が減らず、いたちごっこの状態でした。童謡『四丁目の犬』にはそんな犬が描かれています。作詞は野口雨情、作曲は本居長世。前回の『七つの子』と同じコンビです。
『四丁目の犬』(『金の船』大正9年3月号 に発表。歌詞は『定本野口雨情 第三巻』未来社 昭和61年 収録のもの)
作詞 野口雨情(のぐちうじょう、1882−1945)
作曲 本居長世(もとおりながよ、1885−1945)
一丁目の子供
駈け駈け 帰れ
二丁目の子供
泣き泣き 逃げた
四丁目の犬は
足長犬だ
三丁目の角に
こつち向いてゐたぞ |
この歌について、雨情は次のように書き残しています。
「よく吠えるあの四丁目の犬が三丁目の角でこつちの方を見てゐるから、一丁目の子供たちも二丁目の子供たちも吠えられないうちに急いでお家へかへんなさいといふ町中でよくあるかうした事をうたつたのであります。この童謡は最も無邪気に子供と犬とを取り合せたところに、童心の境地があるのであります。」(『童謡と童心芸術』同文館 大正14年より[『定本野口雨情 第八巻』に収録])
彼の解釈をストレートに詩にすれば、
四丁目の犬は 足長犬だ
三丁目の角に こつち向いてゐたぞ
一丁目の子供 駈け駈け 帰れ
二丁目の子供 泣き泣き 逃げた
という構成でもよさそうですが、雨情はあえてひねっています。その理由を彼はこう述べています。
「童謡は立体的でなくてはなりません。最初のうちは平面的な、極く簡単なことでも満足出来ますが、やがてそれに飽き足りなくなつて来るに従つて、自然と立体的になつて行きます。(中略)平面ばかり歌ふ童謡では、ともすれば事柄の報告になり、平板になり、単調になり、すぐに飽きが来てしまふやうなものになつてしまひます。歌つても歌つても飽きの来ないやうなもの−それはどうしても立体的なものでなくてはなりません。(中略)
立体的に行つて、はじめて含蓄があり、陰影があり、永久性があり、即ち芸術的価値を有するものとなります。眼に映じただけ、耳に聞こえただけ、しかもそれが平面的であつたならば、従つて何等をも味ふことが出来ないとすれば、どんなにつまらない、退屈な童謡でせう。さうした童謡は芸術的の作品として許すことは出来ません。芸術的作品は、あくまで立体的でなければなりません。これ(『四丁目の犬』)など単に平面的に観察して歌つてしまつたなら、どんなものとなるでせうか。広さ、幅といふものよりは、厚さ、深さの方に重きを置かなくてはなりません。詩は小説のやうに事実の原因結果や、そのプロセスに重きを置くものではなく、飽くまでも、その気分の表現にあるのですから、本来立体的のものであることを考へなければなりません。」(『童謡と児童の教育』イデア書院 大正12年より[『定本野口雨情 第七巻』に収録])
「童謡」というと「子供向けの歌」というイメージがありますが、雨情はここまで考えて童謡を作詞していたのです。
さて、『四丁目の犬』の歌碑ですが、雨情が生まれた茨城県北茨木市の常磐自動車道・中郷サービスエリア[上り線]内の庭園の中に建てられています。ここには『七つの子』をはじめ、雨情の童謡の歌碑が7基も建てられていますので、ご家族連れのドライブの際に立ち寄られるといいでしょう。庭園の他の歌碑については、後日改めてご紹介いたします。
[参考文献 |
『定本野口雨情 第三巻』未来社 昭和61年 |
『定本野口雨情 第七巻』未来社 昭和61年 |
『定本野口雨情 第八巻』未来社 昭和62年] |
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場所:茨城県北茨城市常磐自動車道・中郷サービスエリア[上り線]内
交通:JR常磐線南中郷駅よりタクシー8分[電車利用の場合]
2005年6月27日更新
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