文房具の最近のブログ記事

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キューピーさんって、本当に赤ちゃんの体型をうまく表現しているなぁと、しみじみ思ったのは、子供を産んでからです。お腹の曲線といい、顔のぷっくりしたところといい、おでこの感じといい、まさにそのとーりって感じです。今回ご紹介するキューピーの文鎮も、ご覧ください。なんて、可愛らしいのでしょうか。膝にのせて左手で持っているのは懐中時計ですが、文字盤部分は方位磁石になっています。底には「MADE IN JAPAN」の文字がありますから、輸出用につくられたのでしょうか。実に凝った文鎮なのでした。

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このキューピー、数種類あるそうですが、私が持っているのは、この子だけです。アンチモニーでつくられたモノって、色がない分、怖い感じに仕上がっている場合が多いのですが、このキューピーは、つくられた職人さんがお好きだったとしか思えないほど、可愛らしい仕上がりだと思います。小さな右手を広げて、お腹をさわっている姿も、可愛らしい。娘もよくそんな仕草をしています。

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つくられた年代ですが、『20世紀我楽多図鑑』(北原照久著 PARCO出版発行)の中では、同じシリーズの文鎮で、横になったキューピーが、1930年代のモノとして紹介してあります。また、TIMEKEEPER 時計ドットコムの中でも、大正から昭和初期のモノだろうと、ていねいに紹介してあります。参考になさってください。

  

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9月最後の日曜日に、夢の島熱帯植物館へ行ってきました。正直いうと、植物館や動物園って、子供ができるまで、意識して行こうって気にはならなかったのですが、子供が歩くようになると、この類の施設って、本当にありがたい存在だと、あらためて思いました。この日も、ハロウィン前ということで、入口の芝生の上に、大きなカボチャがゴロゴロ置いてあったのですが、娘は大喜び。まわりの子供たちを見ながら、同じようにたたいたり、登ったりしています。館内にもハロウィン用に、帽子や洋服などが置いてあり、自由に着て写真撮影ができるスペースまでありました。親子で楽しそうに、撮影会をしている様子を眺めながら、うちも娘が嫌がらなければ、撮影したよなぁと思ったりして‥‥。それにしても、ハロウィンって、今まで意識していませんでしたが、これからは、季節の風物詩(?)として、とらえていくことになるのでしょうか。

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両手をあげて、バランスをとりながら、芝生の上を楽しそうに歩く、1歳4ヶ月の娘です。このヨチヨチ歩きが見られるのも、わずかな期間だと思うと、しんみり眺めてしまいます。

 

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骨董ジャンボリーの翌日、7月23日、日曜日は、案の定、身体のあちこちが痛みました。10キロ近い娘を抱っこしながら長時間歩くには、もう若くないよなぁと、しみじみ思いつつ、このくらいの痛みなら、かえって動いたほうがいいかも‥‥なんて思ったりして。逆治療法ってありますよね。ひさしぶりに大きな骨董市へ行ったせいか、身体はさておき、気持ちは晴れ晴れといった感じの私は、少し前から門前仲町までの行き方を、頭に入れていました。この日も気温は28度とちょうどいいし、わが家からの距離としては、浅草より遠いのですが、坂道がないぶん楽チンなはず。のんびり自転車をこいでいけば、たどり着けると思いました。

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46-4.JPG毎度のごとく、早朝、といっても7時ですが、出発しました。日曜日の東京は、車も人も少ないのがいいんです。もちろん、自転車好き(?)の娘も一緒に。浅草方面の下町風景と違って、オフィス街の大きな四角いビルを、不思議そうに見上げる娘と永代通りを走りながら、左手に日本橋水門を見つつ、東京は知れば知るほど、奥の深い土地だと感心していたら、見えてきました。永代橋が! う~ん。大きい! 実にカッコイイ橋です。隅田川って、もっと遠い印象があったのですが、こうやって、自転車で渡ることができると、身近に思えるから不思議です。隅田川といえば、架かかっている橋たちは、どれも形が違い、立派です。公共の橋なのだから、同じ形でいいように思いますが、ひとつひとつデザインして、特徴をつけたあたり、見事というか、さすがだなぁと思うのです。そして、どの橋も関東大震災跡の復興橋です。大きく立派な橋が架かるたびに、前進していくような力強さと、たのもしさを、誰もが思いながら眺めたのではないでしょうか。ちなみに、永代橋は隅田川の河口に位置していることから、門のイメージでデザインされたそうです。また、永代橋は男性をイメージし、となりの清州橋は女性をイメージしてデザインされたとか。

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 ついでといってはなんですが、戦前の永代橋と清州橋の絵葉書がありますので、ご紹介します。橋って、丈夫ですね。色は違いますが、形は昔も今も変わりません。

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そんな永代橋を渡り、到着したのは富岡八幡宮骨董市。今年の1月に来て以来です。あの頃は、出かけるだけで、ものすごく勇気が入りました。娘は小さくて、いつ泣きだすかわかりませんでしたから。それが今では、つたい歩きと高速ハイハイが上手になり、「ナイナイ、バ~」と話します。本当に成長の早さに驚かされています。

‥‥と、話が横にそれましたが、今日は骨董ジャンボリー最終日なので、そちらに出店しておられる方も多いのか、お店の数は少ない気がしました。くるりとまわったのですが、ピンとくるモノに出会えず、残念(昨日散財しているから、内心ホッとしたりして)。そうそう、意識したモノがありました。以前ご紹介した、"こけし郵便"です。お値段的に手がでなかったのですが、種類がたくさんあり、こんなにあるんだって感心しました。でも、過去に何度も来ている富岡八幡宮なのに、よく見ると、本殿は個性的な形をした建物なのですね。あまり見ないつくりだと思うのですが‥‥。なにはともあれ、目的達成。来れたことに満足して、のんびり帰ったのでした。

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さて、今回ご紹介するのは、ガラスでできた戸滑器です(白い陶製のモノもひとつ混じっていますが)。ひっくり返して並べてみると、形が橋に似ていると思いませんか? ずらりと縦に並べたのは、隅田川に架かった橋をイメージしたのですが‥‥。ちょっと強引でしょうか。これらは、いわゆる"代用品"と呼ばれるモノで、戦時中、物資が不足したために、それまで金属でつくられてきた戸滑器や戸車が、ガラスや陶器、木などで代わりにつくられたのです。ガラスでできた戸滑器は、色合いがとてもきれいで、形もさまざま。意識しているうちに、ポツポツと手元に集まってきました。

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戸滑器の中には、「新案特許」、「特許」、「2」などの文字も入っており(文字が小さすぎて、私には撮影できませんでした)、貼られた紙には「特許 伊丹式戸滑器」と書いてありました。当時の引き戸の開け閉めを、この小さなガラスの戸滑器たちが、手伝っていた様子を想像すると、なんだか愛おしく思えますが、強度は大丈夫だったのでしょうか。あまり頻繁に開け閉めすると、マズイように思うのですが。ちなみに濃いブルーの戸滑器で、横の長さが58ミリです。小さいので、集めても場所をとらないのはいいですネ! 陶器でつくられたモノは、"時のかけら~統制陶器~"でも、『戸滑り』と題して、2006年9月に紹介しておられます。不安に思った強度に関しても確認しておられ、案外丈夫で、使用できたそうです。また、『戸車』も紹介しておられますが、これは形が可愛くていいです。それにしても、代用品の戸滑器といえど、いろんな種類があるのにビックリです。それだけ需要があったということなのでしょうか。

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ご紹介する『筆墨架(ひっぼくか)』は、今回骨董ジャンボリーでつれて帰ったモノの中で、一番ヒットかも‥‥って思いながら、ニンマリと眺めている私です。元箱入りで、説明書付き。本体はブリキでありながら、状態よく、素晴らしい出会いとなりました。さて、なんでしょう?
墨&筆置きです。それも、尋常小学4学年生の菊池英樹君(9年6ヶ月)の発明品で、なんと、"皇太子殿下、雍仁親王殿下、宣仁親王殿下、賜御愛用之光榮"と箱に大きく書いてあります。説明書を読んでみると、先生が生徒たちに、「机の上が汚れないように、工夫をしてみなさい」と話したところ、菊池君が、1本の針金と1枚のブリキの板から、筆墨架の案を提出してきたそうです。これを見た先生をはじめ、校長先生も、9歳の子供が生み出した、小さな発明を喜び、果ては市長さんや知事さんからも褒められ、ついには、当時の皇太子殿下、淳宮殿下、髙松宮殿下の御愛用の光栄を賜ったというから、素晴らしいですね。それも、筆墨架本体のブリキ部分には、月桂樹で囲まれた菊池君の顔がプリントされており、発明品で顔入り商品なんて、あまり見ませんから、ますます楽しくなります。製造元は、金粉問屋、菊池三樹商店。菊池君と関係あるお店なのでしょうか。

43-3.JPG筆墨架は、新案特許番号が明記されていたので、早速調べてみると、大正4年4月8日に、"考案者・菊池英樹"として、実用新案登録されていました。福島県若松市(現・会津若松市)の方です。登録内容は、筆墨架の構造についてなので、写真を見ていただけばいいとして、使用方法はブリキの板に墨をのせて、筆は上の波のように曲げた針金部分に置くそうです。そうすることにより、机や床に筆が落ちて汚れることがなく、子供は汚れた筆を噛むこともなく、衛生的であるとのこと。説明書に書かれた長所を引用させていただくと、

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一、机上の整理を能くし、且つ清潔を保つ事。
一、筆の転げ落ちるを防ぐ事。
一、塵埃の付た筆を噛むを防ぐ衛生上の事。
一、図画の時色筆の混同を防ぐ事。
一、筆の早く切れるを防ぐ経済上の事。
一、発明心を刺激奨励する事。

43-5.JPGだそうです。単純な話といえば、そうなのですが、今から96年前のお話です。元箱をよく見ると、"會津東山ラヂーム温泉元湯 旅館 有馬屋"とあり、小さな文字で「発明心奨励のため、御来遊の記念として、御子様方の御土産」と書いてあります。ナルホド。若松市の子供が発明した筆墨架を、旅館のお土産として販売していたのですね。地元の方々の喜びが伝わってくるようです。ちなみに筆墨架本体には、「発明心奨励トモナレバ誠ニ光栄ト思ヒマス」と本人のコメントも入っています。なんとも微笑ましい文房具といえそうです。

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 さて、この"會津東山ラヂーム温泉元湯 旅館 有馬屋"ですが、戦前に配られた東山温泉の観光案内と、絵葉書があるので、ご紹介します。まずは、『會津東山温泉案内』に描いてある地図です。会津若松駅から東山温泉まで書かれた細長い地図(鳥瞰図)なのですが、東山温泉のところだけ大きくして見ると、ありました!中央の旅館が集まっているところに、"有馬屋"と書いてあります。筆墨架は、ここで販売されたのですね。

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次にご紹介する街並みの絵葉書ですが、地図と絵葉書を照らし合わせてみると、左側に看板が見える旅館、有馬屋っぽくないでしょうか? 残念ながら、旅館名が読めないのですが、3文字だとはわかります。川沿いで、橋の左側にあり、川の奥にも旅館が見えることから、有馬屋って気がするのですが‥‥。ちなみに、有馬屋は、"元湯 有馬屋旅館"として、現在も営業しておられます。

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最後の1枚は、東山温泉場の全景。ゆっくりとくつろげそうな、山間の中にある温泉街です。今の東山温泉は、どんな感じなのでしょう。"会津東山温泉観光協会"の地図と昔の地図を見比べたら、同じ名前の旅館は、数件あります。なんだか、ワクワクしてきました。ぜひとも行ってみたいです。

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    さえきあすか -asuka saeki-
    忘れ去られてしまいそうな、昔なつかしいモノたちに魅せられて、コツコツ集めています。古くさいけど、あたたかくて、あたらしい。そんな愛すべきガラクタたちをご紹介します。

    旧サイト連載:
    駅前ガラクタ商店街
    …昭和以前の生活雑貨録

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